『わざとらしく近づいて声を掛けたりはしない』
最初にそう決めていた。
途中で何度となく声を掛けそうになったけど、我慢してよかった。
声を掛けなくても。ウザいくらい自分の存在をアピールしなくても。
リュウちゃんの心の中にあたしは確実に存在していた。
この二ヶ月間の努力は無駄じゃなかったんだ。
一緒にいた男子生徒に名前を呼ばれたリュウちゃんは、鞄を手に図書室を出ていく集団から視線をあたしに移した。
「俺も行くね」
「……ぁ、」
真っ直ぐにあたしを見る瞳の黒が、すごくきれい。
もっと近づいたら、あたしがどう映っているのかわかるかな。
想像したら、ドクンドクンと動く心臓が熱くなった。
「……え、っと。…さ、さようならっ」
手を振りたい衝動をぐっと堪えて、ぺこりと頭を下げる。
そんなあたしに、リュウちゃんは笑顔で応えてくれた。
「じゃあ、また」
「………、」
また、ってことは。
あたしのこと見かけたら、声掛けてくれるのかな。
そんな期待をしつつ、リュウちゃんの心の中で芽を出した『あたし』にエールを送る。
頑張れ。
大きく育つんだよ。
図書室を出て行くリュウちゃんの背中を見つめていたら、自然とこぼれ落ちた言葉。
「………すき」



