「もちろん! フライトまでかなり時間あるけどもう空港行っちゃおう! 家でじっとしてらんない!」

  きららの提案に私も賛成だった。今はまだ昼過ぎなので夜10時半のフライトにまで時間はたっぷりあるけれど、それまで家で過ごすなんて余裕はなかった。
 私はすぐにタクシーを手配する。20分もしないうちにタクシーは到着して、その短時間で藤さんが用意してくれた荷物は大型のキャリーバッグが4つに増えた。
 荷物と一緒にタクシーに乗り込むきららの後を追う。
 寝室の引き出しから抜き取った婚姻届はこっそり鞄に忍ばせた。
 これを彼に返すことになるかもしれないから。

「ゆきの!」

 名前を呼ばれて、振り返る。健二くんがなにか言いたげな顔をして廊下に立っていた。
 健二くんがなにかを口にするのを塞ぐように、笑ってみせる。

「健二くん、ありがとう。いってきます!」

 私はもう振り返らなかった。申し訳ないとか、情けないとか、反省はしっかりしよう。でも今は、とにかく前に進みたい。背後で、立派な門がゆっくりと閉まる音が響く。

 成田空港へ向かうタクシーのなか、私はずっと、誠さんのことを考えていた。
 彼の気遣い、優しい笑顔……酷い政略結婚と分かった今も思い出すだけで胸がきゅっと切なくなる。でも、あの情熱的な瞳……あれが嘘だとは思えない。あれが真実なら、誠さんの瞳が映しているのは誰なんだろう。