会場に入って直ぐ誠さんは何人もの人に声をかけられていた。そしてその一人一人の名前、会社名を自ら口にして、そのあと軽い談話までさっと熟してしまう。

 噂に聞いていた冷徹な敏腕副社長……というよりは、どちらかというと冷静でありながら情熱のあるタイプにみえる。冷徹と勘違いされるのは機械的な笑みのせいじゃないかな、と思うほど。そんな彼の隣に立ってなんとか挨拶を熟す私は、更に誠さんに惹かれていた。

 ――副社長として当たり前のことなのかもしれないけれど、お仕事をされている彼の隣に立っていると圧倒される。そして他の人からみれば、そんな誠さんの隣に立ち左手にエンゲージリングを身につけた私は彼の妻なのだと、気を引き締める。

 会長が奥様と話しているのを見計らって、誠さんが私の耳元に身をかがめた。

「ゆきの、疲れてない? 少し早めに退出しようか」

「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 彼の気遣いに小さく首を振って、あることに気付いた。会長と誠さんはまだ仕事の話を続けたい雰囲気があった。けれど、杖をついている会長は立ったままの談話はお辛いのではないだろうか。

「ああ、失礼致しましたお話の最中に……」

 奥様との話が終わった会長は再度体をこちらに向けた。私は会長に一歩近づいて手で会場の奥に設置された簡易席を指す。