テーブルに積んだ本と、動画、それから申し込んだ一日レッスン。それらを駆使して付け焼き刃のテーブルマナーと最低限の品があるように見える立ち振る舞いを身につけた頃、
リボンの掛かったボックスに入ったダスティピンクのレースドレスと可憐なパールのアクセサリー、そして九条ホテルで執り行われるという建設記念パーティーへの招待状が届いた。

「奥様、本日はお会いできて本当に光栄です。こんな老いぼれの我が儘をきいてくださりありがとうございます」

「いえ、私も斉藤様にお会いできて嬉しいです。今後とも宜しくお願いします」

 いつものくせで胸の前で手を振ってしまいそうになるのを堪えて、にこりと微笑む。

「ああ、九条様、例の新ホテルのお話ですが――……」

「はい。その話はまた後日ゆっくりさせてください。それより海外のあの件は――」
 
 目の前で杖をついて上品に私を見上げる男性は、この創立記念パーティーの主催者である大手建設会社の会長だ。九条リゾート本店の立ち上げにも携わっているらしく、九条家との付き合いは何代にも及ぶという。会社間の関係については事前に調べてきたつもりだったけれど、誠さんと会長の織りなす会話に自分の無知さを思い知る。

 会場にはいる直前、緊張して顔が引きつっていた私に、誠さんは「気軽にいつも通りのゆきのでいてくれればいい」と背中を押してくれたけれど、九条リゾートグループにとって代々信頼関係を築いてきた取引先とのパーティーだ。もう閉会間近だというのに、自分の発言一つ一つが気になってしまうくらいには緊張が解けないでいる。

 いや、もうすでになにか失言や失礼な態度をとっているのかもしれない。なぜなら誠さんは今日会場に入る前からあまり目を合わせてくれないし、いつもに比べて一定の距離がある。ビジネスだから当然なのかもしれない。けれど、婚約者という名目で参加している手前、せめて人一人余裕が入れるくらいスペースをお互いの間に空けなくてもいいと思う。

 恨めしげに、ちらりと隣の誠さんを盗み見る。相変わらず整った横顔に、不満な気持ちと裏腹に胸がときめいてしまって、ちょっと悔しい。