キスをして気がついた。彼の体温が少し低い気がする。私は目を合わせることができないまま尋ねる。
「……ん。問題ないよ。少し慌ただしかったがこれももう落ち着く」

 彼に抱き寄せられて、彼の肩口で「よかったです」と返す。本当にほっとした。

「ゆきの、頼みがあるんだけどいいかな」

「はい」

「二週間後、九条リゾートと古くから付き合いのある建設会社の創立記念パーティーがあるんだ。俺一人で参加予定だったんだが、相手がどうしてもゆきのに挨拶したいと言っていてね。無理がなければ一緒に参加してほしい」

 まさかのお願いに一瞬固まってしまった。実はホテルのレストランでの食事も前回の誠さんとのデートが初めてだったし、テーブルマナーも怪しい。立ち振る舞いだってどうみてもいいところのお嬢さんではない。けれど、彼はそんな私を婚約者として隣に立たせようとしてくれている。私を信じてくれている。私は一瞬目を伏せて、それから彼の目を見つめた。

「はい。ご一緒させてください」

 彼の役にたてるなら、テーブルマナーも立ち振る舞いも身につければいい。
 彼に本音で話してもらえないのを不安だと不服がるなら、彼の隣に立って恥ずかしくない、そう自分に自信を持てるようになってそういえばいい。

「ありがとう、ゆきの」

 彼の笑顔は愛しいものを見つめるそのもので。不意に彼が以前口にした名も知らない「彼女」が過る。私は首を振ってそれを振り払った。
 気になっていることはいくつもある。彼の忘れられない「彼女」、健二くんの言っていた「誠さんの過去」それは私が自信を持てたとき誠さんに尋ねるべきことだ。今聞いてもきっとはぐらかされてしまうだろうから。

 いつか、いつか、私に重ねている「彼女」ではなく私自身にその笑顔が向いてくれることを夢見ながら。