スーツを着て買いに来るお客様は宇野堂自慢の最中をご進物用に探していることが多かった。空っぽになったショーケースに目を落とし、入り口の『宇野堂は本日をもって閉店いたしました。長らくのご愛顧ありがとうございました』と書いた張り紙を手で指す。するとその手を握られた。
「いや、今日は君に求婚しに来たんだ」
 当然。とでも言いたげな口調に思わず、へらへらとしてしまった顔が引きつる。
 聞き間違いじゃなかった。綺麗な人……だけど意味が分からない。そして怖い。
 目の前の男性はなぜか私の名前を知っている。名札をつけているわけでもないのに。
 ……まさか、ストーカー? でも、私相手にこんな綺麗な人がそんなことするはずない。
 これだけルックスが整っていれば、もっと美人に声をかけても即オーケーだろう。
 なにかのドッキリ? なに!?
 突然の出来事に頭が全然ついていかない。
 今日に限って、宇野堂唯一の和菓子職人の健二くんはお得意様に配達、平日なので妹は高校だ。
 つまり、今この店にいるのは私ひとり。通報しようにも、スマホは部屋に置いてきてしまった。
 大丈夫。自分の身は自分で……やるしかない。
 なにか武器になる物を、と近くにあったホウキを手に取った、そのとき。

「あら! 九条様! いらしてたんですかあ」
「突然お邪魔して申し訳ありません。偶々近くを通ったものですから」
「……え?」