目の前に立っている男性をみる。スーツの相場なんて分からない私にも、上等なものだと一目でわかるダークネイビーのスリーピーススーツ。思わず見上げてしまう長身。
 艶のある黒髪に、凜とした雰囲気の瞳が色気を感じさせる均整な顔立ち。機械的なまでに完璧な微笑み。

 例えるなら、誰も寄せ付けない深い森に住む孤独な王子様。……なんて、寝不足からくる現実逃避でファンタジックなことを考える。
 突然結婚だなんて、意味の分からないことさえ言っていなければ、私も思わずときめいていたかもしれない。

 ……いや、本当に目の前の彼がそんなことを言ったのだろうか?
 今、彼の目に映っているのはアイドルのように可愛い子でも、セクシーなモデルのような女性でもない。容姿は悪くもなければ良くもない。取り柄は真面目なことくらいだったけれど、24歳になった今、それすら短所なのではと思う。
 真面目で素直と言えば聞こえはいいけれど、単に臆病さから先回りして考えて、諦める癖がついているだけで。
 ……自分のマイナスの部分ならいくらでも出てきてしまう。やめよう。

 ここ連日寝不足だったから……そのせいで寝ぼけているのでは?
 うん。きっとそうだ。目の前の男性が優しく微笑みかけてくる。

「失礼しました。ぼうっとしてしまって……えっと、申し訳ないのですがうちはもう営業していないんです」