「俺の本当の父は物心つく前に亡くなってね。母は駆け落ち同然で父と一緒になって、そこで唯一実家から連れてきたのが家政婦の藤だったんだ。そんな母は恋人と蒸発したんだよ。その頃運悪く母の実家は没落してしまって、自分たちのことで手一杯だったんだろうね」

 淡々と、まるで他人事のように語られる彼の過去にただ聞いていることしかできない。

「九条家とは母方の遠い親戚で、13歳の時に引き取られたんだ。それからいずれ九条リゾートを継ぐために育てられて……だから優とは兄弟として血がつながっていないんだ。……因みに母は亡くなったよ。俺が15歳の時だった。納得した感覚で、涙すらでなかったよ」

 彼の瞳に影が落ちた気がして、私は思わず誠さんの手を握った。なんて声をかければいいかわからなかった。父も母も亡くなってしまったことは同じでも、きっと私の言葉はどれも同情にしかならない。寄り添いたいのに、なにも言葉に出来ないのがもどかしい。
 私の沈黙を彼は「九条家の直系ではない」ことに戸惑っているととったらしく、声に少し焦りがはいる。

「代々血縁者が継ぐ伝統のある会社だからあまり表沙汰にしてないけれど、隠しているわけでもなかったんだ。ゆきののデメリットになるようなことは何一つないようにしているから……いや、大事な話なのに最初にしなかったこと自体が……」