家で一人、コーヒーを飲んでいると、メールが入った。さぎりからだった。
近々、授業の空き時間はないか?という。
俺は、手早く返信した。
【来週の金曜2限なら。どうだ?】
ぶっきらぼうだが、無駄な言葉を入れるのは嫌いだ。
さぎりからの返信も早かった。
【わかった。この間の喫茶店は?】
なんと!校外を指定するとは。意外だった。
【校外に誘ってもらえるとはね。了解。11時にはいく。】
無駄な言葉は嫌いだが、本音を織り交ぜるならメールの方がいい。
残るからな。

待ち合わせの日は、結局一限にも出席せず、待ち合わせの店に行った。
まず落ち着かなかったし、そもそもこの席は常連じゃないと使えないからだ。すると、待ち合わせの15分前にはさぎりもきた。
やっぱりな。
「ごめん、待たせて」
かなりスッキリしているようだ。今まで一番綺麗な顔をしていた。
『いや、いい。それより、なんかすっきりしてんな。仲直りできたか?』
ちょっとつっけんどんになってしまった。が、さぎりはそんなことは全く気にしていないようだった。
「そもそもケンカなんかしてないよ!」
そう言ってわざと怒ったような顔を作っているが、口元はしっかり笑っている。
『いいんじゃん?今までで1番かわいい』
これは本音だ。
「え?」
『可愛いって言ったの。わかる?可愛い』
思いっきり恥ずかしがっている。
『で、どうなんだよ』
「うん、ちょっといろいろあったんだけど。」
どうやらあの大久保とかいう男はあっさりとバイト辞めたらしい。
まぁそこまではよかったが、店長はある程度事情を察していたというのにはちょっと納得いかなかった。わかっているなら手を打つべきなのは店長だろう?それを学生のアルバイトがあそこまで追い詰められているのに何もしなかったのだ。管理職が聞いて呆れる。
さぎりはしきりに俺のおかげだと言っているが
『いや、俺は、まぁいいよ』
店長に腹が立った次の瞬間には一気に現実が戻ってきた。
これでことが丸く収まるということは、それはつまり、さぎりとはこうして会えなくなるということだ。
「どうしたの元気ない?」
人の気も知らないで全く
『なんだよ、自分が元気になった途端に人の心配か?』
「いや、そうじゃないけど。。」
また表情を曇らせる。
『。。冗談だよ』
少しくらい、本音を言う権利くらいはあるか。
『単純にほっとしたのが半分。寂しいのが半分。かな。』
「え?」
無視して続ける。
『よかったな』
「なに?寂しいって」
『お前が頼ってくることがなくなると思うと寂しいってことだよ』
すると、なぜかさぎりの方が恥ずかしそうな顔をした。
「いや、そんな。。」
『気にしなくていい。半分はほっとしたって言っただろ?』
仕方ない。話題を変えるか。
『あぁ、そうだ、前から聞きたかったんだけど、さぎりはなんでこの大学にしたんだ?』
「いや、なんでって、」
『県内の国立だからか?』
「まぁ、そんなところかな。」
『そっか。まぁ、宇大はそれなりのレベルだからな。入るの大変だよな。』
俺は別だけど。
「うん。片桐君は?」
『あ、悪い、その片桐君ていうのやめないか?仲間内では、男女関係なく詩乃だから』
この際だから俺も攻める。彼氏?知るか。
『べつにいいだろ?呼び方なんて。友達であることに変わりはないんだから。』
「じゃぁ、詩乃君、は?」
よろしい。
『俺は、常にトップでいられる大学を選んだんだ。』
「それって、どういう」
『そのままの意味だよ。この大学なら、俺は4年間学年トップでいられる。もっとレベルの高いところにも行けたかもしれないけど、俺はトップにしか興味がないから』
さぎりはびっくりしているようだった。
『さぎり、お前今俺を疑っただろ?』
睨みながら微笑んだ。
「いや、そんなことないけど。。」
大いにありそうだな。
「トップって、常に1位でいたいってこと?トップレベルとかではなく。。?」
『そう。1番。俺が1番尊敬している人が言ってたんだ。1番以外は全部同じだって。だからいつでも1番を目指せって。まぁ、俺は目指すことはやめて狙ってるから、そう言う意味では、違うけど。』
「じゃ、今までもずっと、1番?」
『うん。勉強も、部活も、恋愛も。常に1番にしか興味がないから、1番になれないと思った物は潔くやめてきた。』
恋愛だけは、狙って1番にはなれないけどな。
「すごいね。そんな考え方の人もいるんだ。」
『変わってるよな。自分でもそう思うわ』
チッイヤなことを思い出した。
「。。。どうしたの?」
『え?なにが?』
まさか、察したのか?
「いや、なんか、元気ないのかと思って。。」
『あー、別に。大丈夫。』
「ねぇ、本当に?」
『大丈夫だよ。あぁ、ちょっと1番になれなかった時の事を思い出しただけだよ。大したことじゃないんだ。』
白状するしかなかった。
「そうなの?聞くだけなら、私でもできるけど。。」
『大丈夫。そのうち話すよ。さぎりは、察しがいいな。』
「そっか。わかった。」
『いいな、お前の1番は。』
聞こえない音量で言った。
「え?なに?」
『いや、いい。そろそろ行くか?』
「うん。あ、あの、この間は本当にありがとうね。」
『いいって。気にするな。よし、行こう。』


大学の北門着くまで、俺はほとんど喋らなかった。
思っていることをさぎりに言うか迷っていた。
「あ、じゃ私、こっちだから。」
『お?あぁ、またな』
「うん、またね!」
反射的に手を掴んでしまった。


「え?なに?」
ここまで来たら言おう。
本来彼氏がすべきことをしてやったんだ。このくらいは許されるだろう。
『あのさ、言おうか迷ったんだけど、やっぱり言っとくわ。俺のこと、嫌いになるかもしれないけど、さぎりと、お前の1番の為にも、言っとくわ。』
半分嘘だ。彼氏のためではない。
「な、なに?」
『あのな、別にお前達の付き合い方も知らないし、お前の1番のことも知らないけど、多分、多分だけど、お前、彼氏に頼ること自体が負担になるって思ってるだろ?それ、間違ってるぞ。大事なのは、お互いに言いたいことをはっきり言えることじゃないのか?ずっと我慢してたんじゃないのか?』
俺にならいくら頼ってくれても構わないんだけどな。
「そんなことないよ!いや、仮にそうだったとしても、それがなに?」
この後に及んでまだそんなことを。
『。。まぁ、違うなら、別にいいけど、一応最後まで聞いてくれ。俺はこの間のお前の様子を見て思ったから言ってるんだ。お前にはな、思ったことをちゃんと言える、正面から向き合ってくれる男の方がいいんだよ。まとめてから話すことだって大事だけど、それだけでは駄目だ。例えまとまってなかったとしても、話し合うことも大事だ。それでケンカになったとしても。丸く収まるようにだけ話してたら、いつかお互いに言いたい事を、本当になにも言えなくなるんじゃないのか?』
「なにそれ!私達はちゃんと話してるし、それでお互い納得してるんだよ!?なんでそんなこと…」
『潰れるまで溜め込んで言葉が出なくなる程追い詰められていたのは誰だ?』
「それは、私が」
『悪い訳ないだろうが。なんでお前の彼氏は1番にお前を見てないんだ?俺だったら、お前がなにか隠してるなら絶対に気付くし、絶対に吐かせる。あんなに追い詰められるまでさぎりをほっといたりしない。さぎりは彼氏に助けて欲しかったんじゃないのか?何故1番近くにいるやつが気付かないんだよ。おかしいだろ。俺はな、さぎりのあんな姿は二度と見たくない。これからもあんなに追い詰められるようなら今の彼氏とは』
「やめて。」
「それ以上は、言わないで。ごめんね、私のこと心配してくれたのに。」
ここまで来て途中で止めるわけにはいかない。悪いが今日は俺の言いたいことを聞いてもらうぞ。
『またそうやって逃げるのか?ムカついたなら、俺にだって怒ればいいだろ。』
「感情的になることが話し合いじゃないでしょ。もう、やめよ。」
『いや、やめない。お前には、俺みたいに最初から最後まで向き合ってくれるやつの方が絶対にいい。俺なら全部聞いてやるし、なにも隠さない。お前だけを1番に見ていられるんだ。』
さぎりはなにも言わずに歩き出した。
言い過ぎたという自覚はある。でも、もしこの程度のことを言っただけで揺らぐのなら、それは元々うまくいってないってことだろう。俺がなにも言わなくてもいずれ別れることになるはずだ。
彼氏さんよ、悪いけど、邪魔させてもらったぞ。
俺はさぎりを奪いに行く。そもそも俺は略奪を悪いことだとは思ってない。
双方の気持ちが一致していなければ恋愛は始まらないのだから、外部の人間が何か仕掛けたくらいで揺らぐのなら、それは恋人同士でうまくいってないんだと思うからだ。うまくいってれば周りはなんの関係もない。
だから、今回のことも隙を見せた彼氏が悪い。そもそも俺に彼氏のフリをさせた時点で手遅れなんだよ。
今日はもういい。授業に出る気にもならないので帰る。





それから数日間、さぎりは学校に出てこなかった。
週明けの月曜は体調不良かと思ったのだが、やはり気になったので午後メールを入れた。
結果、その日は返信はなかった。
次の日も夜まで待ったが返信はなかったので、もう一度メールした。
さらに次の日。一限を終えて携帯を開くと返信があった。
たった一言。

【会いたい】

友達と一緒だったが挨拶も早々に駆け出していた。
小山駅に着いたら西口へ出て、桜並木を真っ直ぐ行けばいいとのことだ。

道の向こうに、さぎりが立っているのが見えた。
さて、どうなることやら。


『よう。』
なにも言わない。これは、もしかすると。。
さぎりの様子を見る限り、精神的に限界のようだった。
頬はやつれて顔色が悪い。その上眼だけが異常に腫れている。
『お茶でもしに行くか?』
無言で首を横に振る。
『じゃ、川辺に行こう。座って話をしよう。』
そう言って勝手に歩き出した。さぎりはなにも言わないが、黙ってついてきた。
体力が落ちているのか、その足取りは乏しい。少しペースを落としてやろうかと思っていると
!!!

手を掴まれた。
「置いていかないで。」
必死に手を握り、縋るような目で俺を見る。
あぁ、やっぱりな。
『大丈夫だ。置いていかない。そもそもお前に会いに来たんだぞ』
そういうと少し安心したようだった。
手を握ったままゆっくりと川の方へ降りていく。
川辺にベンチを見つけたのでそこに並んで座った。
少し様子を見よう。なにも話さないようなら関係ない話でも振ればいい。

それからしばらく、さぎりは俺の手を握ったまま自分の膝あたりの一点をじっと見つめていた。
話し始めたのは10分ほど経った頃だったと思う。
「私、一人になっちゃった。」
無言で先を促す。話し始めた以上、終わるまでは余計な口を挟まないほうがいい。
「私、この間詩乃くんに言われたことが、あの時はショックで、でも、そもそもショックだって思うのは、心のどこかでは、当たってると思うからで。。そしたら、なんか一人じゃ処理できなくなっちゃって、恒星の、バイト先に押しかけて、待ってたの。」
恒星というのが彼氏のようだな。覚えておくよ。
「私はただ、恒星に真っ直ぐに向き合ってほしかったの。んん、真っ直ぐに向き合ってるところを見せて欲しかったんだと思う。詩乃くんに言われたことを、否定してほしかったの。私の不安をただ消してほしかった。そしたら、今まで俺のなにを見て来たんだって怒られて。それで、ケンカになって。私、どうして優しくしてくれないのてって、詩乃くんは優しいのにどうしてって聞いちゃったの。私が、誰か別の人のところに行ってもいいの?って。そしたら、恒星が急に冷静になっちゃって。もういいって。俺達はもうダメだって。私、その時初めて自分がどれだけわがまま言ってたかに気づいて、謝りたかったのに、どうして私だけが悪いみたいにいうの?って思っちゃって。それで、もう自分の汚いところを見せたくなくて、逃げてきたの。もうおわっちゃったんだなって思ったら、悲しくて、なにもする気にならなくて。それで…それで…」
そう言ってわんわん泣き出した。やっぱりな。
思った通りだった。正直、第三者の俺からしたら、なぜこんなに相性の悪い二人が付き合っていたのかと思う。話を聞く限り、恒星とかいう元彼氏は自立心が強く、相手にもある程度の自立を求めるタイプだろう。頼るということが自立の先にあると考えているようなタイプだ。つまり、自立しているからこそ頼っていいと思っているんだろう。
それがこんなに依存するタイプと付き合ってたら、そりゃお互い苦しいだけだろうよ。
どちらかが悪いのではなく、単純に相性が悪い。きつい言い方だが、それならさっさと別れて前を向いたほうがいい。
ここは、思い切ったほうがいいな。
俺は、さぎりの嗚咽が収まるのを待って言った。
『さぎり、きついことを言うようだけど、その恒星とか言うやつことはさっさと忘れたほうがいい。で、俺と付き合ってくれ。俺があの日にあんなことを言ったのも、彼氏のフリして電話したのも、お前に振り向いてほしかったからだ。お前が今誰を一番に思っているかは、今日メールをくれたことでよくわかった。なに、付き合えって言っても今すぐにじゃない。ちゃんと気持ちの整理ができてからでいい。いいか?俺は逃げない。付き合うとか付き合わないとかは関係なく、俺は出会ってから今までさぎりから目を逸らしたことはないし、ケンカになることも覚悟で本音だけを言って来た。それに、彼氏とは喧嘩できなかったのに俺とはケンカできただろ?つまり、さぎりも俺とは向き合えてるってことだ。だから、簡単だよ。あとは俺を信じればいい。ちゃんと気持ちが整理できたら、あとは俺と一緒にいればいいんだ。俺にだったら、どんなに弱音を吐いても甘えてもいい。俺にとってお前は、さぎりは一番だ。何よりも優先してその不安を取り除いてやるし、甘えさせてやる。いいな?いつまでも待っててやるから、ちゃんと気持ちを整理してこいよ?あと、学校にはちゃんと出てこい。元カレのことなんて忘れろ。学校には友達だって先生だって俺だっている。全然一人じゃないだろ?心配すんなよ。』
さぎりはまだ暗い顔をしていたが、さっきよりも顔色が良くなっている。思いっきり泣いてスッキリしたのか、俺の言葉が効いたのかは知らない。でも、今はこれでいい。

そう遠くない未来、さぎりと付き合えるような気がした。
さぎり、待ってるぞ。













学校に戻ると、食堂に向かった。すぐに友達のグループを見つけて向かっていった。
「詩乃ー!お前どこでサボってたんだよ!」
『サボってねぇよ!ちょっと野暮用だ。悪い』
「お!?女か!?女なのか!?」
からかうんじゃねぇよ。w
けどまぁ、付き合えることになったらまずこいつらに報告だな。

次の日、学校内でさぎりを見かけた。
よかった。ちゃんと出て来たんだな。俺とのことはさておき、学校のことだけは自分でなんとかしないとだからな。
またいらんお節介だ。
どうやら周りにはいつも友達がいるようだし、ひとまず大丈夫だろう。





さぎりから連絡が来たのは、それから二週間後のことだった。
思ったより早かったな。
【この間はきてくれてありがとね。あの日の返事がしたいんだけど、会ってくれる?】
愚問だなw
【わかった。放課後ならいつでも。授業の空きなら金曜の2限が最短だけど、どうする?】
いつになく早い返信だ。
【あの、休みの日じゃダメかな?】
ほう。まぁ、断る理由はない。
【おう、今週土曜と、来週は土日のどちらでも】
またしても早い。
【じゃぁ、今週の土曜でお願いします。ここにきてくれる?】
位置情報が添付されていた。
どこかと思ったけど、なんだ、この間のベンチじゃないか。




メールが来た時にも思ったけど、思ったより早かった。最低でも1ヶ月はかかると思っていた。
この早さが果たして
なにを意味するのか。。流石に少しビビっている。
あの時は自信があったし、勢いもあったけど。。
さて、どうなることやら。。。