「私達、日詠尚史と伶菜は・・・・・」
背筋を再びピンと伸ばす素振りをしたナオフミさん。
「これまで、様々な困難や苦難に遭遇しながらも、ともに乗り越えてきました。」
ついさっき中川院長に渡された台本とは全く異なる言葉を紡いでいる。
多分、彼は自分の想いを自分の言葉でここに集まって下さった皆さんに伝えたいと思ってくれているからだろう。
「情けないですけど、二十数年前に彼女と生き別れてから、ずっと再会することができず、もう逢えないかもしれないと、正直くじけそうになったこともあります。」
おそらくこれは私がまだ物心ついていない時に生き別れて、再会するまでのナオフミさんなんだろう
その頃の私は、ナオフミさんの存在すら知らなかった
「偶然でしたけれど、ようやく現れた彼女は深く傷ついていて・・・早く自分が彼女を見つけ出してあげられなかったことを悔やんだこともありました。」
それは私が自ら命を絶とうとした時なんだと思う
あの時の私は自暴自棄になっていて、主治医になってくれたナオフミさんの前でもそうしようとした
あの時の私は、彼のことをスキとかそういう目で見ていなくて、ただただ彼に反抗して、彼を傷つけていたんだろう
「主治医として彼女のために自分がしてあげられることが何もない自分に愕然としたこともあります。」
まだお腹の中にいた祐希に心臓病が見つかり、私に東京行きを勧めた彼はきっとそんな気持ちだったんだね
それでも、その後、お互いに離れていても、彼が私のためにしてくれた数々のことは私の心を支えてくれていた
私は孤独じゃないんだって・・・
「でも、自らの足で立ってちゃんと生きようと歩み始めた彼女に、僕は幾度も救い上げられて何度も背中を押されてきました。前を向いてひたすら頑張る彼女に恥じることのない自分でいたいと・・・」
お腹の中にいる祐希と生きていこうと決めた時
臨床心理士になるために自立すると決めた時、
私はただ自分のことで精一杯だっただけなのに
そんな風に想ってくれていたなんて・・・
「仕事のみの生活で色褪せかけていた自分の世界に、鮮やかな彩りをもたらしてくれた彼女。そんな彼女が生死を彷徨う事態に陥った時に、自分の中で時が止まっただけでなく、彩りが消えてなくなる感覚に恐怖すら覚え・・・自分が生きている意味さえわからなくなったぐらいです。」
さっき病室で彼が私に言ってくれた言葉に
こんな想いもこもっていたなんて
知らなかった
「そんな僕を救ってくれたのも彼女で・・・自分の生きる道になくてはならない彼女・・・」
私が生きていることが
こんなにも彼に影響を与えることだなんて・・・も・・・
私も自分の生きる道に
ナオフミさんという存在はなくてはならない
きっと夫婦ってそういう存在なんだね
「そんな彼女と・・・今までと変わることなく、どんな時も心をひとつにして互いに思いやり 励ましあい・・・」
きっとこれからも
彼は私にとって自分の生きる道になくてはならない存在
そして
私も彼にとって生きる道になくてはならない存在でいたい
いつでも
どんな時も
「手と手を重ねて皆様に安心していただける夫婦で居続けることを・・・・」
彼の大きな手と私の小さな手
それらを重ねてずっと一緒に歩み続けたい
私もそう思う
だから一緒に紡ぐ
「ここに・・・誓います。」
『・・・・・ 誓います。』
目の前で温かい目で私達を見守って下さっている中川院長。
そして、後ろで見守ってくれている祐希や産科スタッフの皆さんや入院中の妊婦さん達の前で。
ナオフミさんと私は噛み締めるようにそう誓った。
その直後に見た彼の横顔は凄く真剣でまっすぐで、その様子からも
彼の誓いの言葉に彼の気持ちが凄くこもっているということが感じられて
また涙がこぼれた。



