いざ専門学校に入ったとしても、10代の学生たちの中でちゃんとやっていけるのか?来年入学して卒業したらもう34歳になる。なんとか卒業したとしても、その歳で就職はできるのか?決して軽い気持ちで決心したわけではないのに、どうしても不安が頭から離れない。しかし林渡くんはとても明るい声で返事した。


「それはもちろん、彩響ちゃんの不安を俺が解決することはできないけど。でも人間の寿命が平均80歳の時代だし、一歳でも若いうちに始めたほうが良いんじゃない?」

「いや、まあ…でいうか、言い方がお爺みたいですけど。あなた21だよね?」

「何度も言ってるでしょう、歳は関係ない。『大人になってできないことは、キッズモデルだけ』っていうじゃん。今うちの学校にも、40代とか50代の人もいるよ?そういう人たちから見たら、彩響ちゃんはすごい羨ましいはずだから。10年くらい経って『あ、30歳で早く入ればよかった』と後悔しないように、やると決めたらやっちゃいなよ」


昔なら「社会経験もしていない学生の分際で何を偉そうに…」と思って流したのだろうが、今は逆にその楽天的な言葉がとても力になる。根拠はないけど、なにもかもうまくいきそうな、そういう予感で心が満たされる。彩響は首を縦に振り、又別の話題を出した。


「あの、実は、もう一個相談があるんだけど」


さあ、本番はこれからだ。入学を決心したまではいい。でも、実はそれよりもっと大きい山があった。


「ー母に、学校に入りたいって正直に話して、許可を得たい」


そう、一番の問題はこれだ。専門学校に改めて入学するとしたら、退職は絶対必要だ。収入がなくなるのはもちろん、結婚どころか恋愛をする余裕もなくなるだろう。このことを聞いたら、母は絶対ブチ切れるに違いないがーそれでも、母になにも言わずにはいたくなかった。


「あなたから見たら、愚かだと思うかも知れないけど…。でも、私、やっぱりお母さんに認められたい。最初は怒ると思うけど、きちんと話し合えば私の選択を応援してくれると思う」


今まで30年の人生、立派で完璧ではないかも知れない。でも自分なりには最善を尽くして生きてきた。母は元々そういう性格だから、今まで「お疲れ」という簡単な言葉すら言ったことはないけど、内心ではきっと娘のことを応援してくれるはずだ。

林渡くんはペットボトルの蓋を開け、ガブガブお茶を飲んだ。「いつまで母親に執着するの?いい加減しっかりしなよ」、と言われるかと思ったけど、林渡くんは平穏な顔で返事した。

「俺からしたら、このままなにも言わず、退職なり入学なり好きなようにすればいいと思うけど…。彩響ちゃんがそう思うなら、そうした方がいいんじゃない?お母さんも彩響ちゃんの強い意思を聞いたら、応援してくれるかもしれないから。でも、言い方は変えて欲しい。『許可』じゃなくて、『報告』。もうなにもかもお母さんの許可を得なきゃいけないとか、そう考えるのだけはやめて欲しい」


林渡くんの声は明るいけど、その中身は深い。彩響も真面目な顔で頷いた。


「分かった。『許可』じゃなくて、『報告』ね」

「で、いつ『報告』するの?」

「近いうちに」

「じゃあ、家にお母さんを招待して、料理を作って接待しよう!」

「料理?私が?」

「そう!人ってやっぱ美味しいものいっぱい食べてお腹いっぱいになると性格もゆるくなるから。彩響ちゃんの実力を見せて、もうギャフンと言わせてあげよう!」


林渡くんがそう言って、手を差し出す。「ギャフン」とか、どうしても母がそんなことを言うのは想像ができないけど…。それでも、彩響は深く頷き、林渡くんの手を握った。きっと大丈夫、上手くいくーそう願いながら。