裾を引っ張られる感覚で振り向くと、林渡くんが腕を伸ばしているのが見えた。ここに来る前と同じ格好で、二人はしばらくお互いを見ていた。そして自分の行動に自分でも驚いたのか、ビクッとして林渡くんが手を離す。彩響が一歩近づいて聞いた。


「大丈夫?なんか必要?」

「いや、あの、それが…その…。」


林渡くんはうじうじして、なかなか話を切り出せない。一体どうしたんだろうか。少し考え、彩響が先に聞いた。


「あの、もしかして…寂しい、とか?」

「…!!」


図星だったのか、林渡くんの顔が赤くなる。視線をどこにおけばいいのか分からないのか、しばらく彷徨って結局布団を被ってベッドの奥へ隠れた。そんな彼の反応でこっちまで驚いてしまう。いつも図太くて、図々しいだけだと思っていたのに。まさかこんな姿を見られるとは思わなかった。


「べ、別に…寂しくなんか…。」

「違うの?」

「違う!…いや…その…あってる。」

意外とすぐ素直になれる姿に、彩響は笑ってしまった。もしかしたら、これは彩響が彼に出会って以来、初めて見る「照れ」かもしれない。彩響はベッドに近づき、そっと頭の上に手を乗せた。ビクッと布団越しに林渡くんが軽く驚くのを感じ、彩響はゆっくりと手を動かし、頭を優しく撫でた。何回か撫でた頃には、もう布団の中の人は安心したようにゆっくりと呼吸していた。


「…今日は…色々とありがとう。彩響ちゃん。」


布団を被ったまま、林渡くんがお礼を言う。今日は本当に、彼の新しい姿を沢山見られた気がする。彩響はにっこり笑い、頭を軽くパンパン叩いた。


「お休み、林渡くん。いい夢見てね。」



暗い廊下を通り、彩響はそのまま病院の外へ出た。タクシーを捕まえる場所まで歩く途中、ふと足を止めた。
冷たい空気の中、夜空を見上げる。そして大昔、母に追い出され泣きながら夜空を見ていたあの頃を思い出した。弱くて、幼くて、なにもできずただ耐えるしかなかったあの頃。思い出すだけで又心が痛くなるのは、きっと死ぬまで続くだろう。

(それでも…)


別に、今日聞いた話で今までの人生がどんでん返しするわけない。それでも、これからはなにかが変わるかも、そんな予感がする。母のことだけではなく、もしかしたら…。


ー「…今日は…色々とありがとう。彩響ちゃん。」


さっきの言葉を思い出して、彩響はくすくす笑った。これは誰かに見せつけるためではない、本当の「心」から出た微笑みだった。