果たして、このままで良いのだろうか。一応雇用主として、クライアントとして、それなりに相手のことは気遣ってきたはずだけど…。今の状況をどうすれば良いのか、正直分からなかった。気持ちがもやもやする中、スマホからブーンと音が聞こえる。画面にはメッセージが届いていた。送った人はー


「以前言った冷蔵庫」


メッセージと一緒に貼られたリンクには、有名家電メーカーの冷蔵庫の購入サイトが載っていた。それを見た瞬間、彩響は急にお腹が痛くなるのを感じた。そうだ、忘れていたけど、そういう話だった。


(いい値段するね…。本当、遠慮がない人。)


一瞬「断る」という選択肢が頭を過ぎる。どれだけ苦労して稼いだお金なのか、思い出すだけでため息が出る。しかしこんなことを言っても、きっと「あなたが就職するまで私が育ててあげたのはもう忘れたの?この恩知らずめ」と又暴言を吐かれるに違いない。じっと画面とにらめっこして約5分、又メッセージが画面に現れる。


「いつ届くの?配達日は週末がいい」

「はあ…。」


頭を抱えしばらく深呼吸する。そして又繰り返し自分に言い聞かせた。産んでくれた母だから、育ててくれたから、娘として、これくらいはやってあげて当然だ。なに一つ母の希望を叶えてあげられなかったから、これくらいはやってあげて当然なのだ。当然なのだ…。そう言って、彩響は自分のクレジットカードの情報を入れ決済ボタンを押した。注文完了の画面を確認し、母にメッセージを送る。


「注文完了しました。来週末届く予定です」

「分かった」


それだけ送って、母は返信しない。せめて一言、「ありがとう」とか、「おつかれ」とかの言葉一つくらい送ってくれると思ったのに。いや、振り返ってみても、彩響が覚えている限り母からそんな感謝の言葉をもらった記憶は一切ない。なのに今更冷蔵庫くらいで感謝の言葉を期待するなんて、愚かすぎる。


(あの人には期待するだけ損って分かってるはずなのに、いつになったら学習するの?)


苦い感情を抑え、彩響は仕事を再開した。この冷蔵庫の金額を埋めるには、又ガンガン働くしかない。しかしそう思うもののやはり力が抜けてくる。それと同時に、あの家政夫くんの顔も思い浮かんだ。きっと自分と似たような悩みで、長年悩んできたはずの、あのちょっと生意気なーでも、何もかもに一生懸命な、あの青年が。

(やっぱり…このままではいられない。)

いや、正確には、「このまま何もせずいたくない」。この話題を持ち出すことで又お互い機嫌を損ねるかもしれないけど…それでも黙ってはいられない。こう思ったのは、雇用主としての責任を感じたからか、人生の先輩として一言言いたくなったからなのか、それとも…。

理由はどうであれ、一回はじっくり話さないと気が済まない。

そう決めたら、早速実行だ。今日はなるべく早く帰って、話をしよう。じっくり話し合えばきっと大丈夫だから。彩響は気持ちを改めて姿勢を整え、仕事を再開した。