ー「スルメイカ?」


林渡くんの提案に彩響が聞き返す。ハリウッドの女優に、スルメイカを食べさせる?どう考えても似合わない作戦だ。しかし林渡くんはとても真剣な顔だった。

「なにか一口食べる度に30回必ず噛むっていう人だから、こんな感触の食べ物を好むはずだよ。だから、これでいい印象与えて。俺がちょっと工夫してさらに美味しくするから。」

「本気で言ってるの?相手はハリウッドの女優だよ?こう、会社のお金を使ってもうちょっとシャレてるプレゼントにするべきでは…。」

「そんなことしたら、今まであの女優がやってきたインタビューとなにも変わらなくなるよ!

彼女に強い印象を与えて、いいインタビュー取って、あのクソ上司に痛い目見せてあげたいんでしょう?なら普通通りの作戦じゃいけないんだってば!」

めちゃくちゃだと思う一方、林渡くんの話には一理あると思った。もうお金で手に入るものならいくらでも持っているだろう。なら、ここはあえて別の戦略を使うのも…。


「…そのスルメイカ、作ってくれるの?」

「もちろん!特別バージョンで作ります!」


ーこういうわけで、彩響は今このハリウッド女優に「スルメイカのバター焼き」と言う、とても庶民的なプレゼントをあげたのだった。レイチェルは人生で初めて見る妙な食べ物の匂いをクンクンかき、又質問した。


「スルメ…イカ?」

「英語ではSquidと言います。あなたがダイエットをいつも心がけて、なにかを食べるとき必ず一口30回以上噛むっていう記事を読んだので、それに合わせたプレゼントです。西洋ではイカはあまり食べられない食材ですけど、日本ではよく食べられます。」


緊張を隠すため、色々説明して話が長くなってしまった。さっきからずっと英語で喋ってはいたけど、今はもっと緊張して、自分の説明がきちんと理解されたのかさらに自信がない。

そもそも、西洋では食べることもないイカをいきなり食べろということ自体間違いだったのでは?いろんな考えが頭をよぎる中、レイチェルが彩響からスルメイカを受け取り、一口噛んだ。そして噂通り何回も噛み続ける。


(うわ、食べちゃったよ…。)


何度も何度も噛み続けた後、レイチェルがもう一口スルメイカを食べる。そして微笑む。その表情がなにを意味するのかわからないまま、彩響はただ待つしかなかった。

そして、やがてレイチェルの口が開きー


「なにこれ、ビーフジャーキーのような味する。すごい美味しい。」

「そ、そうですよね?そう、まさにビーフジャーキーのような感じです!しかも噛んでも噛んでも美味しくありませんか?」


思いも寄らなかった反応に彩響のテンションもともに上がる。レイチェルは引き続きスルメイカを食べ続け、袋に入っていたものをほぼ全部食べた。その後、彼女は満足したように笑った。

「彩響、あなた面白いね。まさかこんなものを持ってくるとは思わなかったわ。これ、あなたのアイディア?」

「え?あ、はい。なにか印象に残りそうなプレゼントをしたく…。」

「そうね、これは確かにいいわ。他の人っていつも私の機嫌ばっか探って、逆に私の好みにも合わない高いプレゼントとか持ってくるのに。でも、あなたとなら面白い話ができそうだね。」


そう言って、レイチェルが自分のマネジャーを呼び、何かを小さい声で話す。頷いたマネージャーはバックから名刺を出し、そこにペンで何かを書いた。そしてそのまま彩響へ名刺を渡した。


「日本に留まる間の私への連絡先です。」
「え?ってことは…。」

「ごめん、彩響。今日は私本当に疲れているの。でも今度二人きりで食事したいわ。だから連絡ちょうだい。」

「…!はい、喜んで!ではとっておきのお店に…。」

「ああ、いいの。あなたが普段行ってるお店に連れて行って。こういうの、またあるでしょう?あなたのおすすめならなんでも美味しそうだわ。」


そう言って、レイチェルが彩響の耳元へ口を近づける。少し緊張する中、彼女が小さい声で囁いた。


「もちろん、美味しい話もするわ。この『スルメイカ』のお礼として。」

「…ありがとうございます!」


レイチェルはニッコリ笑って、そのままレストランを出ていった。彩響はしばらくぽかんとして、今の出来事が本当にあったことなのか、一瞬夢でもみてるのではないかと疑った。しかし手元の名刺を見た瞬間、その疑いは喜びへと変わった。


「やばい、スルメイカ…マジ効果あったじゃん…。」


あれだけ疑っていたのに、まさかこんなにうまくいくとは思わなかった。彩響は気持ちを落ち着かせ、きちんと深呼吸をした。
これは全部、あのクソ…いや、あの幼い家政夫のおかげだ。悔しいのは悔しいけど、感謝することはするべきだ。彩響は鞄を手に取り、急いで家へ向かった。




「ただいまー!」

玄関を開け、リビングに急いで入ると林渡くんが部屋から出てきた。珍しく大きな声を出す彩響に驚いた様子だったけど、すぐなにかに気づき、ニッコリ笑った。

「その顔は…うまくいったんだね?」