そんな会話をして、早速次の朝ー。

「彩響ちゃん、これ見てみて。」

いつもと同じく出勤準備を終えて食卓へ座ると、林渡くんが自分のパソコンを持ってこっちへやってきた。そして画面を彩響の方へ向ける。なにかと思うと、例のあの「レイチェル・サイフリッド」の写真が載っていた。

やっぱり、いつ見てもセクシーで気品が溢れる顔だよねーさすがハリウッド女優は違うわーとかぼんやり考えていると、林渡くんが話を続けた。


「昨夜、この女優に関連する記事をできるだけ多めに集めてみたよ。で、やっぱり女優だからダイエットに命をかけているらしい。毎日40分以上運動するし、白いものは一切食べないんだって。」

「白いもの?」

「砂糖と、白い小麦粉。」

「うわ、人生なにも楽しくなさそう…。なに食べて生きてるの?」

「野菜とか、お肉とかでしょう。ついでに、食事するとき必ず一口30回以上噛むようにしてるんだって。で、ここからが俺のアイデアなんだけど。」

「…?」


林渡くんがなんだか意味深な笑みを浮かぶ。その意味が分からず、彩響は箸を握ったままその顔を見つめるだけだった。

数日後、インタビューの当日になった。

レイチェルが出演する映画のロケ場所は銀座で、近くにあるレストランでインタビューをすることになった。準備してきた台本をチェックしながら待つこと約1時間。

やっと入り口の扉が開き、スタッフたちに囲まれたレイチェルが入ってきた。サングラスでも隠しきれないその存在感に圧倒されないよう、彩響はわざと大きい声を出した。


「ようこそ、レイチェル。私はMan's jockerの峯野彩響です。会えて嬉しいです。」


台本通り英語で喋ると、レイチェルがニッコリと笑う。とても優雅な仕草で、彼女がサングラスを外した。

「ハロー、彩響。こっちも会えて嬉しいわ。でもごめん、思った以上に時差に慣れなくて苦しんでいるから、インタビューは短くしてくれるかしら?」

(うわ、そうきましたか…。)


さっそくその一言に緊張する。今まで偉そうに振る舞う有名人には何人も会ってきたけど、今回は編集長の件もあり、英語で喋っていることもあり、更に焦る。彩響は相手にバレないように自分自身を落ち着かせ、質問を続けた。


「ええ、もちろん。本日はインタビューに応じていただき、ありがとうございます。レイチェル、あなたは以前のミュージカル映画では主演としてたくさんの歌を歌いましたね。歌うのは元々好きですか?」

「ええ、好きよ。」


「今回撮影される映画も歌に関する内容でしたね。これで初日本映画の出演になると思いますが、初ロケはいかがでしたか?」

「まあ、みんなよくしてくれたし、楽しかったよ。」


特に冷たくはないけど、だからと言って特に親しく長い返答が返ってくるわけでもない。レイチェルはあくまで「事務的な」態度でインタビューに応じている。そしてそれを実感すればするほど、彩響はいらだたしさを感じた。


(やばい、このままじゃ「普通のインタビュー」で終わってしまう。どうすれば…。)


レイチェルはずっと自分の腕時計を気にしていて、どんどんこっちの話に興味をなくしているのが分かった。そして用意していた台本で4番目の質問を聞こうとした瞬間、彼女がふと言い出した。


「あのね、その台本の中に私へ聞く質問が何個か書かれているわけだよね?あと何項目くらいあるのかしら?」

「え?それは…。」


「よかったら、私のマネジャーのメールアドレスを教えてあげるから、その質問リストを送ってくれる?ホテルに帰って返答するから。あなたもその方がいいのでは?」
「は、はい?そんな、せっかくお会いできて色々と直接お話したいことが…。」
「大丈夫、メールでちゃんと書くから。」

レイチェルが別の席に座っていた自分のマネージャーに合図を送る。いや、まずい。このまま帰られたら本当になにも得ずに私も帰ってしまうことになる…。あのクソ編集長の偉そうな顔はもううんざりだ。彩響は大きい声で叫んだ。

「あ、あの!レイチェル!お待ち下さい!」

彩響の声にレイチェルの動きが一瞬止まる。ああ、もうこれで取り返しはつかない。彩響は必死に声を出して話を続けた。

「あなたがダイエットに力を入れていると聞いたので、ちょっと変わったプレゼントを用意しました。ぜひ、受け取ってほしいのですが…。」

そう言いながら、彩響は自分の鞄からビニール袋を出した。そこにいるスタッフ全員の視線が集中する中、彩響は袋を開け、中身を取り出す。それは…。

「何、それ?」

レイチェルが興味津々な様子で聞いてくる。香ばしい匂いがする、それは…。

「スルメイカのバター焼きです。ぜひ、食べてください!」