J・F・ケネディ国際空港から、ミッドタウンにある九条くんのマンションまで、トールロードを使っても小一時間の距離があった。

「長いフライトで疲れただろう、理恵」

 行き交う車のライトが溢れるハイウェイを、漆黒のクーペで疾走しながら、九条くんは助手席の私に優しい声をかけてくれる。

 長時間のフライトが辛いのは、狭いシートに拘束されることだけじゃなくて、時差の問題もある。
 例えばニューヨークの午後10時は、東京では日付が進んだ昼の12時になる。
 そのズレは身体のサイクルに跳ね返って、ややもすると、体は疲れて眠いのに、お腹が空いて寝付けないという、面倒なコンディションになってしまう。

 今の私が、まさにそうだった。

「まあ兄。理恵ばかり心配して、私はスルーなの?」

 クーペの後席から身を乗り出して、妹の真理が口を尖らせる。
 真理は九条くんに甘えたくてしょうがない様子で、昔のように彼のことを、甘ったるく「まあ兄」と呼んでいた。

 彼と同い年の私は、まあくん。
 二つ下の真理は、まあ兄。
 私たち姉妹は九条くんをそう呼んで、いつも一緒に笑い合っていた。

 空港で、そのまあ兄と再会した時の真理は、すごかった。
 叫んで、飛び跳ねて、号泣して……。
 
 警備員も呆れるほどの騒ぎっぷりに、私の涙も止まってしまって、困惑気味の九条くんと視線を合わせて、そっと微笑んでいた。

 思えば、そんな自然に笑顔がこぼれるなんて、随分と久しぶりのことだった。