「私も呆れてるんだけどね。あの人の趣味なのよ、あなたみたいに真面目そうな女子社員をたぶらかすのが」

 黒木さんの言葉が、なぶるように私の頬を掠めていく。

「いい事を教えてあげるわ。あなた最初に発注ミスをして、それを田村さんに助けてもらったんでしょう?」

「どうして、それを……?」

「ちなみに私はシステム事業部に居てね。私と田村さんしか知らない秘密のアクセスコードを打ち込むと、あーら不思議」  

 黒木さんは、口に手を当てて笑った。 

「発注伝票の数字が、一桁増えたり、減ったり……」

 あまりのことに、全身が硬直した。

「そう、その顔。あなたのその絶望に染まった顔、とても素敵だわ」

 黒木さんは、無邪気な子供のように笑い続ける。

「さらに言うとあの頃、別のセクションで東南アジア向けにプラント建設のプロジェクトが立ち上がっていてね。あの鋼材は最初から追加発注が見込まれていた。だから過剰分がすぐに捌けたのは、田村さんの手腕でも何でもないのよ」

「さ、最初から……私を……」

「ふん、騙される方が悪いのよ」

 黒木さんは吐き捨てた。

「そしてお決まりのホテル行き。一服盛られてるとも知らないで、随分とご堪能なされたようね」

「な、何を……」

「あなたのワインに、睡眠薬と、とても気持ちよくなる媚薬をね。田村さんの常套手段よ」

 黒木さんはまた笑みを浮かべていた。私の心を抉る、残酷な微笑みを。

「今日びそんな手に引っかかるなんて、あなた歳はいくつなの? それとも本当は、最初から抱かれたかったんじゃないの? はしたない人ね」

 私は「もうやめて!」と叫んで、必死で両耳を塞いでいた。