「どなた……ですか?」

 当然私に、パイロットの知り合いなんていない。口をついて出たのは、そんな月並みな言葉だった。

「俺を忘れたのか? 理恵」

 彼は制帽を取ると、彫りの深い精悍な顔を近付けてきた。
 知性と荒々しさが同居したような黒い瞳と、(つや)めく黒髪。でも、どこか見覚えが──。 

「九条……くん?」 

 まさかと思いながら、20年前に離れ離れになった、幼馴染みの名前を口にしていた。

「久しぶりだな、理恵」

 彼は白い歯を見せて、にっこり微笑んだ。 
 そう、こんなに背が高くなっても、笑顔は昔のまま──。

 九条正臣。
 いつも一緒にいた、私の幼馴染み。

「うそ……。ほんとに、まあくんなの?」

 思わず、幼い頃に呼び合っていたあだ名で、彼のことを呼んでいた。 

「その、まあくんっての、勘弁してくれよ。これでも国際線のパイロットなんだから」

 彼は少し赤くなると、制服の胸ポケットから身分証を取り出した。
 大日本航空の社員証に、漢字とアルファベットで間違いなく、九条正臣の名前が記されている。

「これで信じたか?」

 彼はまた目元を緩めて、白い歯を見せた。

 冷たく凍りついた私の前に、突然現れた、夏の陽射しのような幼馴染み。
 涙が、止まらなかった。