直人さんは話し終えると、マイクを風間さんに返した。

 運航管理室は皆が沈黙して、ただスピーカーから流れるノイズと風音、そして管理室に並ぶモニターや端末の電子音が、室内の空気を満たしていた。

 そして、九条くんの声が響いた。

『ご心配をおかけしました。GL7028便、羽田への飛行を継続します』 

 固唾を呑んで見守っていたオペレーターたちから歓声が沸き起こった。
 そして、私たちも。

 九条くんの声が続いて、スピーカーから流れてくる。

『紫月、明日美さん、心配かけて済まなかった。もう二度と、諦めたりしないから』

 紫月さんも明日美ちゃんも、何度も涙を拭いながら、頷いている。

『榊さん、直人、理恵たちを頼む』

「かしこまりました、九条さま」
「おう、任せとけ」

 榊さんと直人さんが、口々に答えた。

 そして──。

『理恵』

 優しく降ってくる、九条くんの声。

「まあくん……」

『ありがとう、理恵。今から帰るから。理恵の、ところへ……』 

 本当は痛くて苦しいのに、身体が凍えきっているのに、私に優しく語りかけてくれる九条くん。

 神さま、お願いです。
 
 九条くんの痛みと苦しみを、少しでもいいから、和らげてください。
 彼が無事に羽田に辿り着けるよう、見守ってください。
 
 神さま、お願いです──。

「九条、聞こえるか?」

 気が付くと、藤堂社長がマイクを手にしていた。

「良い友達を持ったな、九条」

『はい……』

「私も君に約束しよう。君が帰って来たら、あの日、何があったのか全て話す」 
 
『……』

「私に訊きたかったのだろう? 私があの日、何を見たのかを」

『……ありがとうございます、社長』
  
 風間さんが、口を開いた。

「九条君、交信を羽田管制に戻す。また何かこちらに伝えたことがあるなら、直接にでも話し掛けてくれ」

『風間さん。もう一度、理恵と話をさせていただけませんか?』

 風間さんは黙って頷くと、私にマイクを手渡してくれた。

「理恵だよ。まあくん、どうしたの?」

『理恵。お願いが、あるんだけど』

「なあに?」

『帰ったら、理恵の作った、お魚の煮付けが食べたいな』

「うん……わかった」

 本当は、こんな他愛のない会話で、私を元気付けるつもりだったのだろう。

 九条くんの方が、何倍も辛いはずなのに。

 頑張って私の、まあくん──。