私がコクピット体験をした次の日、私と九条くんはニューヨークに戻る便に搭乗した。

 お昼前に離陸して半日以上飛び続けて、ニューヨークのJ・F・ケネディ国際空港には現地時間のお昼前に到着する。
 そんな空の旅と時差の不思議さにも、すっかり慣れた。

「本当なら、すぐにでも結婚したいんだけど」

 九条くんはにこにこしながら、

「きちんと式は挙げないとね。理恵には、どんなドレスが似合うかな」 

 そう言って、タブレットで様々なデザインのウェディングドレスや、披露宴用のカラフルなカクテルドレスを探して、私に見せてくれる。

 幸せ。
 嬉しい。
 だけど──。

「ねえ、理恵」

 急に九条くんが、口調を改めた。

「理恵が母さんにお願いされたこと、想像がつくよ。以前、母さんからそれとなく諭されたから」

 九条くんの瞳は、あのフライトシミュレーターの中で垣間見せた、翳りの色を浮かべていた。

「自分でも分かっているんだ。俺が、父さんの幻を追い求めていることを。だけど……」

 九条くんはその先を言いよどんで、窓の外に視線を移した。

 窓の外は、高度1万メートルから見下ろす雲海を、夕陽が朱く染めながら闇に落ちて行くところだった。

 九条くんの横顔はどこか寂しげだった。

 そう、九条くんと再会した夜、5番街のマンションのリビングで、九条くんはちょうどこんな微笑みで、私を見つめていたんだっけ。

 古い痛みを思い出すたびに、九条くんが浮かべる寂しそうな微笑み。

 私は何か、九条くんを励ますような言葉を伝えたかった。なのに、何も思い浮かばない。
 だから言葉の代わりに、私は九条くんの左手に、自分の右手を重ねた。