西へ90度のターンを終えて大島に差し掛かる頃には、進行方向に伊豆半島が大きく横たわって見えていた。

 九条くんは管制官とやり取りしながら、また私に話かけてくる。
  
「今、西に向かって、つまり針路270度で飛んでる」

 九条くんは私のシートの前の、ディスプレイの一つを指差した。

「これが方位計で、機体の進行方向を示す。方位の見方は滑走路と同じで、北を基点にして東が90、南が180、西が270、そして一周回って北が360になる」

「……」

「西から東へのターンは、針路を方位270度から90度へを変えることだ。方位計をよく見ていてね」

「……」

「伊豆半島を抜けて駿河湾上空に出たら、右に旋回を始めるから。でも、その前に」

 九条くんは緊張気味の私に、優しい目で言った。

「進行方向の右下を見てごらん」

「わぁ……」

 美しく均整のとれた紫紺のシルエットに、頭頂に白い雪を被った優美なフォルム。日本人なら、その山の名前を誰もが知っている。

「富士山だ……!」

 シミュレーターとは思えない美しい光景に、私が見惚れていると、

「富士山を横目に見ながら、右旋回しよう。内陸に入りすぎるから山を囲むように旋回はできないけど、この距離でも充分に綺麗だろう?」

 九条くんはそう言って、微笑んだ。

「理恵。僕も手を添えるけど、理恵が思うように操縦してごらん」

「……」

「大丈夫、理恵ならできるよ。機体で大気を切り裂くというより、卵をカップに入れてそろそろ歩くように、機体を優しく操るんだ。僕らの後ろには、大切な乗客が乗っているんだからね」

 私はこくりと頷いた。

「じゃあ、あと1分したらターンを始めよう。頼んだよ、理恵」

 空は快晴、雲もほとんどない。
 進行方向の右下に見えていた富士山は、もう右の手前まで迫っていた。