黒木さんの顔色が変わった。
「あ、あなた、最初から──?!」
「ああ、騙すつもりだったよ。でもそれをあんたが言うかい?」
高見澤さんは、また皮肉たっぷりに、
「済まないな、あんたほど上手に騙せなくて。俺は人の嘘を暴くのは得意だが、人に嘘をつくのは得意じゃないんだ」
その台詞に紫月さんが、
「よく言うわ、このペテン師」
と、肩をすくめた。
黒木さんの顔が歪んだ。元々綺麗な人だけに、表情が歪むと余計に悪相が際立った。
「し、紫月さん、私を雇ってくださいますよね」
黒木さんは、紫月さんにしがみつきそうな勢いで、
「私は有能です。必ずあなたの期待に応えてみせます。ですから──」
「黒木さん、でしたっけ」
早口でまくし立てる黒木さんを、紫月さんは冷たい声で遮った。
「本当に有能な人は、自分が有能だなんて言わないものよ。それに、いつ私があなたに期待しているなんて言ったのかしら?」
紫月さんは、黒木さんへの嫌悪を隠そうともしなかった。
「私は嘘つきが嫌いです。卑怯者は大嫌いです。他人を踏みつけにして自分だけ助かろうとするような人は、未来永劫、御倉には不要です」
一刀両断するような紫月さんの言葉に、高見澤さんの嘲笑が重なった。
黒木さんは反射的に、紫月さんに手を振りあげようとしたけど──、
次の瞬間、鈍い音と共に黒木さんの右手が逆方向に捩じ上げられていた。
悲鳴を上げる黒木さんに、榊さんが冷え切った声で言った。
「穢らわしい手で紫月さまに触れるな、淫売」
「あー、その旦那は怒らせない方がいいよ」
高見澤さんは呑気な口調で、
「さっきも見てただろう。榊の旦那は暮葉流忍術の継承者にして、格闘戦のエキスパートだ。この旦那の前で紫月に絡んだら、生命が幾つあっても足りないぜ」
なおも榊さんは、黒木さんの腕を捩じ上げていたけど、
「放しなさい、榊」
紫月さんの一言で榊さんがぱっと手を放して、黒木さんは倉庫の床に倒れ込んだ。
そして倒れ伏した黒木さんの口から、悔しそうなすすり泣きが漏れ始める。
その姿を見ながら、私は紫月さんと榊さんに声をかけた。
「ありがとうございます紫月さん、榊さん」
「別にいいのよ」
紫月さんの笑顔は、いつも日に向かって咲く大輪のバラみたいに、美しくて活力に溢れている。
「正臣の直々の頼みだからね、嫌とは言えないわ。──ちょっと、妬けるけど」



