目を覚ました時、今自分がどこにいるのか分からなくなっていた。


真っ白の天井に薬品の匂い。右手に違和感を感じ、手を挙げると針が刺さっている。


点滴中だ。だけど、なぜこんな状況になっているのだろう。頭はぼーとして、考えている間にまた次の睡眠が来る。



数日間、何度も寝たり起きたりを繰り返していたと母に教えられた。だんだん起きている時間が長くなると、自分の身に降りかかってきた事件を思い出す。

そうだ。思い出した。先輩が神谷に会いに行く。それを止めようと夜の道へ飛び出した。そして。



急に痛みが脇腹に走る。包帯で巻かれている体の一部分を見てすべてを思い出した。

そのとき、カーテンに入ってきたのは母だった。私が目を覚ました姿を見て、「起きたのね」と安堵の声を出した。


「お母さん、私…」
「大丈夫、ゆっくり話すから。今は横になって休みなさい」


起き上がろうとした体を抑えるように、母は私の肩を両手で支えた。

そしてベットの横の隅にに設えた椅子に座る。

聞きたいことはたくさんある。

心が焦っていた。そんな私の興奮を抑えるように、母は落ち着いた声でゆっくりと話し始めた。


「まず、あなたがあの日の夜、出かけた後、不審者に出会して刺された。前に旭町で起きた通り魔事件と同じ容疑者が犯行に及んだらしい。その人は捕まったって」


右脇がちくっとする。以前に通り魔事件の犯人に刺された自分が今こうして生きていることは感謝しかない。そして、何が起きるか分からない世の中に恐怖感を感じる。


「そして、莉子が倒れていたのを1番に発見してくれたのは、清宮君よ」


その彼の名前が聞こえた瞬間、胸が鳴った。


「まさか、あなたと清宮くんの仲が繋がってたなんて、びっくりしたわよ。私も3年ぶりの再会だったから。まさかこんな繋がりがあるとはね」


「お母さん…私、清宮先輩と話さなければならないの。話したい。先輩はどうしてるの?大丈夫なの?」


あの日、中途半端に電話が切れてしまった。神谷と話をすると向かったはずなのに、何故先輩が1番に自分を発見して通報してくれたのか。状況が掴めなかった。


「ちょっと、落ちついて。莉子。話を聞いて」


ずっと倒れていた体が久々に起き上がろうとしたので気分が少し悪くなる。母の言う通り、またベットに横になった。


「莉子。あなた、いつから清宮くんと知り合ってたの?」

「つい最近…1ヶ月前。帰り道に一度助けてもらって以来、時々一緒に帰ってた」


知り合ったのは最近だった。いきなり出会った先輩は、人見知りな自分に声をかけてくれて、自然に違和感もなく、いつのまにか私の心の中に入ってきた。


「そう」と母は返事をして、何かを考え込む。


「清宮君から色々話を聞いてたの。それからやっと、私も納得できるものがあってね」

「納得できるもの?」


「昔起きたお父さんの事件のこと。今更になって知ることもあった」


母と先輩は昔の事件について話をしていた。



「莉子は、清宮くんの事件のことを知ってたの?」

「いや、最近なの。知り合った時は、先輩は事件のことは無関係だと思ってた、知らなかった」
「なるほどね」


母は一人で納得し、その様子に疑問を持つ。
すると鞄の中を漁り、何かを取り出すと私に手渡した。無地のシンプルな封筒。


「これ、預かってるの。清宮くんから、あなたに手紙」

布団の中から手を出して、それを受け取る。

「手紙?…なんで?」



なぜ、先輩は手紙を残したのだろう。人から手紙をもらうこと自体、滅多にない。


「清宮くん、ずっと莉子が寝ている間、いつもお見舞いに来てくれて見守ってくれてたのよ」


その手紙と、母を交互に見る。なぜ、手紙を残したのか。

だけど手紙を受け取った瞬間、私は気づいた。もう彼に会えないような気がした。そのために手紙を残したのではないか。


母は大きく頷く。お花の水を変えてくるね、と一言残し、花瓶を持って部屋を出て行く。
手に持っていた封筒を開けて、中を開いた。
入っていた手紙をゆっくりと開く。そこには先輩の暖かい気持ちが溢れるように文字が詰まっていた。