私はそのまま学校から出て家へ帰っていた。


無断でホームルームも出ずに学校へ行ってすぐに帰るなんて初めてしたことだった。学校へはもう戻りたくなかった。


いつも学校が終わる夕方に帰宅するが、今はまだ日差しも強い時間帯。

この時間だと陽が当たって心地よい気温なんだ、と初めて気づく。気持ちいい風も通る。


いつもとは違う時間に帰る風景は、いつもより心穏やかに感じられた。


毎日こんなふうに、もっと早い時間に帰れたらいいのに、とも思う。


駅へと向かい電車に乗る。

通勤通学ラッシュじゃない時間帯でも人は多かったが、最寄駅について家近くの道を歩いていた時には通行人は誰もいなかった。


いつもは学生か会社員しか通らない道だからだ。車の通りも少ない。


しばらくその道を独占して歩いていた。



人が少ない道だからだろうか。

誰かがいれば、すぐに気づく。


しかし目線を落として歩いていた為、10メートル先に現れた人影に気づくまで少し時間がかかった。


ふと目線を上げた先に、並木道の車道に接するガードレールにもたれかかって立っている人がいる。


その人は全身黒色のジャージを着て、頭深く帽子を被っていた。


喉が震える。


「あっ」と私は思わず声を出してしまった。


見たことある風貌だった。


立っている男も私の存在に気づき、顔をこっちに向けている。


その歩道をそのまま真っ直ぐ歩いていけば、その男とすれ違うことになる。


引き返して逃げ出したいと思った。だけどその行動も不審に思われてしまう。自然に足は動いていた。


近づけば近づくほど顔はハッキリしてきた。

あの男だ。

間違いない。


先日から、私の目の前に現れ、コンビニまであとをつけられ、不審な行動をしていた男だ。


靴はシルバーラインとブランドのマークが入った白い靴。また同じ靴を履いている。きっと、予感は当たっている。


そのまま通り過ぎることはできないと思った。

明らかに男はこっちを見ている。


その男に近づくにつれ、私は歩く足をゆっくり動かし、そして目の前まで来たところで止まった。


男が道を塞ぐように私の前に立ってしまったからだ。


マスクをしていない男は、深く被った帽子を取り、顔を露わにした。


目の前にいる男は若い男だった。


同年代の高校生くらいの人。

セットしてない黒髪はボサボサだった。鼻は丸く、細長いく奥二重の目には力が入っていない。


私よりも少し背は高いが身体は痩せ細っていた。



「初めまして、西野さん」



声は低かった。

見たことない顔で初対面だと思ったが、自分の名前を知っている。




「オレの名前は、神谷哲人(かみやてつと)。分かるかな?」



名前を言われても分からなかった。顔を見ても分からないのだから。

私の表情は固まる。そうか、そうだよね、と勝手に彼は解釈する。



そして次の彼の言葉に、私は完全に言葉を失った。



「俺は、あなたのお父さんを殺した犯人の弟だ。君に話がある」