朔埜は、はーっと息を吐いた。
 ──だとしても、あの人選には多少の悪意を感じているからだ。
 
「……なあ、旅館。どうしても俺が継がなあかんのか」
「四ノ宮の当主はお前や」
 膝に置いた手にぎゅっと力を込めると、それを見咎めるように祖父は目を眇めた。
「他に好きな女がいるんなら、妾にしたらええ」
 握り締めた手がぴくりと動く。
「そんなん、俺が嫌なの分かって言うてるやろ……」
「……」

 そもそも朔埜が妾腹の子なのだ。
 いや、当時父は結婚していなかった。
 二人が付き合っている中で母が妊娠し、父は認知した。けれど家の事情で結婚には至らなかった。

 というか、何も持たない母との結婚に、父が踏み切れなかったのである。
 そうしてそこそこのお金を渡され、朔埜は母と共に父の元を去った。