葦野、というのは、伝手を得るために用意した名前だろう。……史織がここに潜入するだけで、どれだけの人が関わっているのか……しかも中味は、ただのお見合い相手のリサーチである。

(割に合わないような)

 気がしなくも無くも無いが。
 
 まあ、これも気にしない方がいいだろう。当人が気にしていない事を史織が気にしても仕方がない。

 そんな事より──
 折角凛嶺旅館に来れたのだから、是非特室にも足を運びたい。
 この為に来たと言っても過言でもない潜入調査だが、実は自分が客じゃない事に史織が気付いたのは、つい今しがたであった。
 ──当たり前だが寛げない。

(これって詐欺って言うんじゃないのかな……)

 目の前の三芳女史の貫禄に押しつぶされそうになりながら、史織はひっそりと母を恨んだ。