「それに、しおちゃんの大好きなものも用意してるんだけどなー」
ちらりと窺う母の顔は少しだけ得意気だ。
対して史織の温度は低下中である。
「……私はSHAPに興味は無いんだけど」
「違う違う違う〜」
肘を張り、首を左右に振る仕草はとても成人済の子を持つ親には見えない。自然と眼差しが生暖かくなるのも仕方ないだろう。
そんな史織の心情はさておき、母は人差し指をぴっと立て勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「凛嶺旅館の特室よ!」
──凛嶺旅館
それは旅行ファンの間で一目置かれる、格式高い老舗旅館の名である。
一般客への宿の提供とは別に、特室と呼ばれる他の客とは隔絶された安らぎの空間……
「絶対に予約できないのに?!」
当然の如く史織は食いついた。
何故なら史織は趣味、旅行。そして趣味が高じて旅行会社に就職までしたのだから。



