「それでも儂はあやつに旅館を継ぐ事を望んだ。勿論儂の勝手な願望じゃが、そこで幸せを見出して欲しいと思ったのも事実じゃ。──仕事を通してでもいいから、家族の温かみを知って欲しかった。乃々夏さんの事情は、朔埜に合ってると思ったんじゃ。
……あなたは朔埜と乃々夏さんが婚約関係にあるのは知っているかな?」
その言葉に史織は固まった。
「いえ……その、恋人がいるような話は聞いてきたのですが……」
恐る恐る口にすれば、水葉は軽く頷いた。
「まあ、話が頓挫しておってね。今回のような見合い話が舞い込んだんじゃよ。破談だと噂する輩もおったから、もしかしたら先方は知らんかったのかもしれんな」
何でもない風に水葉は言うけれど、史織の心臓はばくばくと鳴っている。



