元々冷たい手を、氷水を張った桶に浸けてさらに冷やし、彼の頬に添えた。


『ん』


まどかが身じろぐ。

冷たすぎただろうかと思い、手を引っ込めようとすれば、先を読んだように彼が微笑んだ。


『……気持ちいいです』

『そう』


微笑み返して、おまけに一つ、熱い唇に口づけを落とす。

紅潮していた彼の頬が、さらに赤みを帯びた。

…気がした。


『…珠緒さん』

『今は寝て。体を休めなきゃ。……続きは良くなってからよ』


自分も頬を染めながら間近で言えば、まどかが息を呑んだ気配がした。

そのすぐ後に、


『寝ます。……珠緒さん』

『なぁに』


言うが早いか、頭の後ろに添えられた手にくいっと引き寄せられ、再び唇が重なった。


『っ』

『約束、ですよ』


上気した顔は艶を帯びていて、今度は私が息を呑んだ。


(………軽率だったかもしれない)


私が少々後悔するには十分な程、彼の潤んだ瞳の奥には獰猛な色がちらついていた。


やがて彼が寝付いたのを見て腰を上げた私は、せっせと慣れない家事に精を出した。

掃除。料理。洗濯。縫物。果ては農作物のお世話など。


一つ一つに手間取り、時間をかけていたので、気がついたらもう陽も傾いていた。


夕餉の下ごしらえも終わり、本日最後の仕事、水汲みに向かう。


人里離れた山間に設えた我が家は、私たちにぴったりの隠れ家だ。

木の実の豊富な森に囲まれた、広い土地。

少し歩けば澄んだ水が流れる川に行きつく。

丘へ足を運べば、朝は日の出、夕暮れには夕焼け、夜には空を埋め尽くす満天の星が臨める。


私たち二人にとって、これ以上はない環境。


願わくは、ずっとここで、二人で手を取り合って静かに暮らしていきたい。


(まどかも、そう思ってくれているといいな)