「あの」

「だまれ!ちがう!あんたは関係ない!!」

「まだ何も言ってないです」

「!」


彼の取り乱し様に、さすがの私でもうっすらと察する。

もしかしなくとも、『たま』の由来は。


彼がこの空き地で猫と、一人と一匹で過ごしている姿を想像する。

ここに足を踏み入れた時に聞こえてきた柔らかい声で、その名前を呼んでいたとするのなら。


「ふふ」


思わず笑みがこぼれた。

(だって、その呼び方は…)


「何笑ってんだよ」

「別に」


ふざけてそっぽを向くと、彼は顔を顰めてから、考え事をするように視線を泳がせた。

やがて。


「たま……はブチャって名前があったんだろ。なら、俺がつけた名前はもう用済みだ」

「え?なぜ?ブチャも多分、近所の子たちが勝手につけているあだ名のようなものなのだから、たまだって…」

「うるさい」


びっと目の前に突き出された人差し指。

ぽかんと彼を見れば、未だに紅潮した顔で、まどかは言った。


「今日から、『たま』はあんただ。性悪女」


はっと息を呑む。


彼はこちらの出方を窺うように、上目遣いで私を見た。


『たま』


その呼び名は、昔の彼が時折使っていたもの。

今とは違い丁寧な口調だった彼も、ふざけている時や気が緩んでいる時、時々そうやって私を呼んだ。


(あぁ、なんて、懐かしいの)


「……いいわ」


また、目から涙が溢れてくる。

それを見た彼はぎょっとして、慌てて立ち上がった。


「あんた、涙腺脆すぎるんじゃないか?なんで泣くんだよ」


あたふたとしている彼がおかしくて、みっともない泣き笑いになってしまう。


彼は逡巡しながらも、私の目元に手を伸ばした。

温かい指先が、涙まで冷たい私の頬を拭っていく。


「初対面で嫌いだとか、視界に入ってくるなとか散々失礼なこと言っておいて、自分から声をかけてくるし、関わってくるし。…勝手すぎないか?」

「………そうかも」


眉を寄せながらも、彼の顔がどこか安心したように小さく綻んだのを見て。


(傷つけてばかりでごめんね、まどか…)


私はまた一つ、冷たい涙をこぼした。