「っ」
水をうったように静まり返った室内。
……そこには。
「………珠緒」
「…………手を下ろしなさい」
「あらあら」
鋭利な氷を手に纏い、ひたりと花田さんの首に当てた私。
呆然と足を止めるまどかと、そんな彼の眼前に手のひらを掲げた花田さん。
彼女はくすりと口の端を上げ、肩を竦めた。
「せっかくの綺麗な顔が台無しよ、しらたまちゃん」
まだ余裕のある声が、私の心の中の暗い部分をくすぶらせる。
「…………聞こえた?」
ギリギリのところでとどめていた手を、躊躇いなく彼女の首の皮膚に滑らせた。
赤い雫がつぅっと白い肌を伝う。
「手を下ろせと言ってるの」
殺意さえ込めて唸るように言えば、花田さんの顔から色が無くなっていく。
「ちょっと、冗談でしょ?」
「冗談に見える?」
さらに手に力を籠めようとすると……。
「珠緒!!」
横からの衝撃に体勢が崩れる。
気づいたらまどかの腕の中だった。
「馬鹿なことはやめろ!俺は大丈夫だから」
抱きしめられながら、視界の端に真っ白な髪が映る。
(あぁ、わたし……)
せっかく落ち着いたというのに、きっとまた、私の髪は雪のように白く、瞳は金色にぎらついているのだろう。
まどかの胸に顔を寄せ、ささくれ立った心をなだめようとしていると、呻くような呟きが耳に届いた。
「………もとから普通じゃないとは、なんとなく察していたけれど」
腕の隙間から見遣れば、蒼い顔のまま、怯えたように花田さんがこちらを見ていた。
「いきなり殺そうとするなんて、信じられない。…獣は貴女の方だったのね」
吐き捨てながら、彼女は首元に手を当て、そこについた血をなめとった。
かなりワイルドなその姿は、しかし、スタイル抜群の長身美女がするとなかなかにセクシーだ。
まどかに頭を撫でられながら、ぼーっとその様子を観察していた私に、彼女は言う。
「オーケー。おふざけはおしまいにするわ。貴女を相手にふざけていたら、命が何個あっても足りないのが分かったから」
「花田さん、……あの」
まどかを守ろうと咄嗟の行動だったとはいえ、凡そ現世で褒められるべき行動ではなかった。
下手したら、すぐに檻の中だ。元も子もない。
謝罪を口にしようとすると、それに被せて花田さんは言った。
「ブローチの様子を見に来たの。あれ、私のだから」
「え?」
なんと、ここに来て、あの落とし物の持ち主が判明するとは。
まどかと二人、視線を交わし合ってから、また同時に彼女を見た。