うしろと正面

 ドアを開け、数時間ぶりに外に出る。

「わ……すごい霧……」

 なかなかお目にかかれないレベルの深い霧が、あっという間に体を包んだ。

 真夏の日が高い時間帯でも、山の中は涼しかった。

 薄手のパーカー持ってきたの、正解だったかも。

 すぐ戻るだろうし、荷物は置いたまま、スマホだけしっかりポケットに入れて、わたしはドアを閉めた。


「叔父さーん!」

 晋哉くんが大声で呼びかけるけれど、返事はない。
 彼の声が、反響するだけだった。

「行こう」

 わたしたちは、道なりに歩いた。

 周囲を警戒しながら、恐る恐る霧の中を進んでいく。

 定期的に声を出して呼びかけてみるものの、一向に返答はなかった。

 不気味なくらい、物音ひとつしない。

 ここは自然あふれる山の中で、数えきれないほどの動植物が住んでいる場所のはず。

 それが、わたしたち以外のすべてが生きていないように、まるで作りもののように感じるのは、どうしてだろう――


「怖い?」

 ふいに声をかけられ、はっとする。

 隣を歩いていた龍真くんの手が、優しく頭に触れた。

「大丈夫。何かあったらオレが守るから」

「……うん」

 ずるい。

 この状況でそんなことを言われたら、ときめかないわけがない。

 相手が好きな人だったら、なおさら。


 内心浮かれていたわたしだったけれど、弥生の不安げな声で、すぐに現実に引き戻される。

「ねぇ、だいぶ歩いたと思うんだけど……」

 弥生は立ち止まり、来た道を振り返る。

「あまり離れすぎないほうがいいんじゃ……」

「……だな」

 叔父さんも、霧のせいで車が思うように進められないだけかもしれない。

 本当に今さらだけど、霧が晴れるまで、車内で待ってたほうがよかったのかも。