うしろと正面

「――っ」

 背後を確認し、血の気が引いた。

 散り散りになったわたしたちを見て、追いかけるターゲットを定めた化け物は、こちらに……

 わたし目がけて走ってくる!


「きゃああー!!!」

 なんで。どうして。

 問うまでもなく、理由は明白だった。

 わたしが一番、足が遅いからだ。


 ――捕まったら、殺される!


 恐怖で滲む涙で、視界がぼやけていく。

 呼吸が乱れ、肺が悲鳴を上げる。


 どうしよう――

 どうしようどうしようどうしよう!


 後方から迫る足音が、息づかいが、徐々に近くなってくる。

 追いつかれるのも、時間の問題だった。


 もうだめだ……


 殺され――



 ゴッと、重い何かがぶつかり合う音がした。

 続けて、何かが砕ける音が廊下に響く。


 思わず振り返ると、足を止めた化け物の姿が目に入った。

 化け物の足下には、割れた花瓶らしき陶器の残骸が散らばっている。


「奈乃、逃げろ!」

 化け物の体越しに、龍真くんが見えた。

 ゆらりと身を起こして体勢を立て直した化け物は、わたしではなく龍真くんに狙いを定める。

「龍真く……」
「早く!」

 唇を噛んで、わたしは駆け出した。

 背後から、化け物の咆哮が聞こえた。

 その叫び声が、足音が、だんだん遠くなっていく。


「はぁっ……はっ……」

 零れ落ちる涙を、腕で乱暴に拭った。

 後ろを振り返りたい気持ちを堪えて、ひたすら走る。


 逃げなきゃ。

 これ以上、足手まといにならないように、この場から全力で逃げなきゃ――


 走って、走って、走って。
 
 今、自分がどこにいるのかもわからなくなった。



 足が限界を迎える寸前、わたしは一番近くの扉に飛びついた。

 中に入り、背中で扉を閉める。

 途端に体から力が抜けていく。

 立っていられなくなり、ずるずるとその場にへたり込んだ。


「はっ……は……」

 涙なのか、汗なのかわからないものが、頬をつたった。

 暴れる心臓を抑え込むように、膝をかかえて縮こまる。

「うっ……ぐすっ……」

 震えが止まらない。

 化け物の姿が、おぞましい叫び声が、頭から離れない。

「どうしてっ……」

 わたしは、わたしたちはただ、楽しい夏休みを過ごすはずだったのに。


 なんでこんなことに、なってしまったんだろう。