うしろと正面

「誰かいませんかー?」

 静かな洋館に、弘毅くんの声と、6人分の足音が響く。

 エントランスホールの正面には大きな階段があったけれど、わたしたちはそちらには向かわず、長い廊下を歩いている。

 弘毅くんが迷わずこっちの道を選んだのは、当たり前なようで、よく考えると不思議だ。

 人がいないからって、いきなり他人の家の2階に踏み込むの、ちょっとためらうんだよね。

 誰に教わったわけでもないのに、『まずは1階から』って思っちゃうのは、どうしてだろう。


「広いな……」

 龍真くんが呟く。

 視界に入る物すべてが目新しく感じて、わたしもつい、きょろきょろと見回してしまう。

 距離を置いて並ぶブラケットライトが放つ光はささやかなもので、そのせいか廊下の奥行きがわかりにくい。

 深い色合いの格天井と鮮やかな赤の絨毯で上下を覆われたこの空間は、どこまでも延々と続くようであり、また、ある時ふいに終わりを迎えそうでもあった。


 わたしたちは進みながら、扉を見かけるたびに、1つひとつ部屋を覗いた。

 中には当然、窓がある部屋もあった。

 でも、窓は開かなかった。

 溶接されているみたいに、ぴったり閉じていて。

 窓ガラスも叩いてみたけど、割れない。
 なんだか別の物質がはめ込まれているかのように、中と外をしっかり隔てていた。

 依然として、人は見かけない。


「……」

 次第に口数が減っていった。

 ここは、この家は、いったいなんなんだろう――

 心の中では思っても、口に出せない。

 嫌な予感は、予感のままで終わらせたかった。

 弘毅くんの言うように、少ししたら気難しそうなお爺さんが出てきて。

 玄関や窓が開かなかったのも、ただの気のせいで。

 何事もなく、わたしたちは外に出られる。

 そうであってほしかった。


 ようやく、廊下の終わりが見えた。

 待ちかまえていたかのようなダークブラウンの両開きの扉は、近づいてみると、細やかな装飾が施されているのがわかる。

「開けるぞ」

 弘毅くんが手を伸ばす。

 ギイィと音をたてて重厚な扉が開かれた。


「――っ」

 扉を開けた瞬間、漂ってきた異臭に思わず鼻を塞ぐ。

「なんだ……?」

 扉の隙間から部屋の様子がわずかに見えた。

 白い布がかけられた大きな長いテーブル。
 その上には、高級感のあるキャンドルスタンドが並んでいる。

 食堂、かな……?

 見える範囲では、特別おかしなところはなく、むしろ清潔ささえ感じられた。

 なのに、この場に似つかわしくない、この不快な臭いは何?


 前に進み出た晋哉くんは、無言で扉を閉める。

 それに不満を漏らしたり、中に入ろうと言い出したりする人は、誰もいなかった。