記憶にあった黒髪の艶やかさは失われ、元々鋭さのあった青灰色の瞳はより険を帯びたようだが、十年前にもあった美しさは少しも損なわれることなく、それどころか危うい野生味を含んだ事により、一層美形さに磨きがかかっていた。
自分の記憶と現実の乖離に一瞬躊躇うも、ルディアを見るその優しい眼差しは間違いなくライアスのものだった。
ルディアの拘束もいつの間にか解かれており、アルフレッドは端に寄り、恭しく跪いていた。
ルディアは混乱で戸惑いつつも、ライアスから差し出された手を取り立たせてもらう。
すぐに外されると思ったライアスの手は、そのままルディアの手を包み込んで、彼はルディアの手の甲に口付けを落とした。
「……この状況ではいまいちロマンスに欠けるな。まずは皇国を蝕む鼠を排除せねば」
死んだと思っていたライアスを近くに感じて、ルディアのこれまで懸命に封印し、つい先程解き放ったばかりの恋心は一気に燃え上がり、口付けされた手と頬に熱が集まる。
「き、……きさまっ、そいつはワシの妻だぞッッ!!」
それまでロジャース達をまるでいない者として無視していたライアスは「……妻?」と小さく呟いてロジャースへと向き合った。
「ああ、ひと月前に教皇庁へと出された義父上の婚姻届は私の手元にありますよ」
ライアスは事もなげに、とんでもない事をさらりと言ってのけた。
「義父上のお相手の女性の名前が、なぜかルディアになっていたので驚いてしまって。ちょうど兵糧として献上されてまだ生きていた豚がおりましたので、そいつの名前で出しておきました。残念ながら却下されてしまいましたが」
「……ぐっ、貴様……ッッ!!」
ライアスはにこやかにロジャースを煽り、ロジャースは真っ赤になって今にも高血圧により倒れそうだ。
ルディアは信じられない気持ちで、胸がいっぱいになった。
神殿の教えにより皇族の離婚は許されていないため、一度婚姻を結ぶと縁を切る事は出来なかっただろう。
「……っ、くそっ! 騎士は何をしておる、役立たずめっ!! 次期皇帝主催である宴を穢したこやつを、早く捕まえんかッッ!!」
ロジャースは怒りにより口の端から泡を飛ばし、騎士達に向けて叫んでいるが、誰も反応を示さない。会場は不気味なほど静かだった。
ロジャースの命令などまるでなかったように、騎士は誰一人動かない。
「無駄ですよ。彼らはもう私の言う事以外聞きません。つい先ほど、教皇ミハエルからの正式な戴冠の儀を終えて、エルグランド皇帝に即位した私のね」
「な……っ?! なにを、血迷った事を……」
ライアスは懐から丸めた羊皮紙を取り出し、ポンっとロジャースへ投げて寄越した。丸められた羊皮紙の意匠を見ると、教皇庁最高指導者の教皇ミハエルが直々に認めた文書を表す鮮やかな緑色の封蝋が押されてある。
やや乱暴にロジャースが羊皮紙の封蝋を取るとその内容に青褪め、書簡を落とした。慌てて書簡を拾いあげたルーベルトとアリアーナも書簡の内容をあらためて青褪めている。
「やれやれ義父上……いくらお年を召して手元が覚束ないといっても、教皇庁からの書簡を当事者以外の人間が故意に汚したり破損すると罪になりますよ。気を付けて扱いませんと」
「だ、だっ、黙れ、黙れ黙れっっ!! 一体どんな手を……っ! くそっ!! 父親の生まれが卑しい貴様が皇帝など……許さん……っ、許さんぞッッ!!」
「は……っ! 義父上の許しなどいらないのですよ。それより貴方は、ご自身の事を心配なさる方がよろしいかと。──おい、こいつら三人を拘束しろ」
自分の記憶と現実の乖離に一瞬躊躇うも、ルディアを見るその優しい眼差しは間違いなくライアスのものだった。
ルディアの拘束もいつの間にか解かれており、アルフレッドは端に寄り、恭しく跪いていた。
ルディアは混乱で戸惑いつつも、ライアスから差し出された手を取り立たせてもらう。
すぐに外されると思ったライアスの手は、そのままルディアの手を包み込んで、彼はルディアの手の甲に口付けを落とした。
「……この状況ではいまいちロマンスに欠けるな。まずは皇国を蝕む鼠を排除せねば」
死んだと思っていたライアスを近くに感じて、ルディアのこれまで懸命に封印し、つい先程解き放ったばかりの恋心は一気に燃え上がり、口付けされた手と頬に熱が集まる。
「き、……きさまっ、そいつはワシの妻だぞッッ!!」
それまでロジャース達をまるでいない者として無視していたライアスは「……妻?」と小さく呟いてロジャースへと向き合った。
「ああ、ひと月前に教皇庁へと出された義父上の婚姻届は私の手元にありますよ」
ライアスは事もなげに、とんでもない事をさらりと言ってのけた。
「義父上のお相手の女性の名前が、なぜかルディアになっていたので驚いてしまって。ちょうど兵糧として献上されてまだ生きていた豚がおりましたので、そいつの名前で出しておきました。残念ながら却下されてしまいましたが」
「……ぐっ、貴様……ッッ!!」
ライアスはにこやかにロジャースを煽り、ロジャースは真っ赤になって今にも高血圧により倒れそうだ。
ルディアは信じられない気持ちで、胸がいっぱいになった。
神殿の教えにより皇族の離婚は許されていないため、一度婚姻を結ぶと縁を切る事は出来なかっただろう。
「……っ、くそっ! 騎士は何をしておる、役立たずめっ!! 次期皇帝主催である宴を穢したこやつを、早く捕まえんかッッ!!」
ロジャースは怒りにより口の端から泡を飛ばし、騎士達に向けて叫んでいるが、誰も反応を示さない。会場は不気味なほど静かだった。
ロジャースの命令などまるでなかったように、騎士は誰一人動かない。
「無駄ですよ。彼らはもう私の言う事以外聞きません。つい先ほど、教皇ミハエルからの正式な戴冠の儀を終えて、エルグランド皇帝に即位した私のね」
「な……っ?! なにを、血迷った事を……」
ライアスは懐から丸めた羊皮紙を取り出し、ポンっとロジャースへ投げて寄越した。丸められた羊皮紙の意匠を見ると、教皇庁最高指導者の教皇ミハエルが直々に認めた文書を表す鮮やかな緑色の封蝋が押されてある。
やや乱暴にロジャースが羊皮紙の封蝋を取るとその内容に青褪め、書簡を落とした。慌てて書簡を拾いあげたルーベルトとアリアーナも書簡の内容をあらためて青褪めている。
「やれやれ義父上……いくらお年を召して手元が覚束ないといっても、教皇庁からの書簡を当事者以外の人間が故意に汚したり破損すると罪になりますよ。気を付けて扱いませんと」
「だ、だっ、黙れ、黙れ黙れっっ!! 一体どんな手を……っ! くそっ!! 父親の生まれが卑しい貴様が皇帝など……許さん……っ、許さんぞッッ!!」
「は……っ! 義父上の許しなどいらないのですよ。それより貴方は、ご自身の事を心配なさる方がよろしいかと。──おい、こいつら三人を拘束しろ」

