賢王と狂王の天秤

ライアスが死んだと聞いた時にルディアは嘆き悲しむのみで、その知らせが真実なのかどうかをアルフレッドに問い詰めたりはしなかった。
 ライアスが一体どんな最期だったのか、今際の際に言い残した言葉などがなかったか……聞くのが怖くて逃げていたのだ。

 ルディアが罪悪感と後悔から固く拳を握ったのを見て、ライアスはそっと腕を回しルディアを抱きしめた。

「ルディア……つまり、君は"また会えて嬉しい、大好き"と言ってくれてるんだな」

 含み笑いをしながら囁くライアスの声は、艶めいていてどこか嬉しそうだった。

「……ッ! ひどいわ、そうやってからかって! もう、知りません……っ、……あっ」

 十年の歳月によりすっかり大人の男へと変わってしまったライアスと対峙するのが気恥ずかしいのと、揶揄われた事が悔しくて、ルディアは距離を取ろうとしたがライアスにさらに力強く抱き締められた。

「俺も……ルディアに会えて嬉しい。ずっと……ずっと君を愛していたんだ」

 抱きしめられた腕から温かい熱を感じて、ルディアの瞳にまた涙が集まる。

(ああ、生きてる……ライアス様が生きてる……っ!)

「……よくぞ、ご無事で」

 もっと可愛らしい言葉が出てくればいいのに、まるで臣下のような言葉しか口から出てこない。可愛げのない自分が嫌になるが、ライアスは愛おしそうに大きい手でルディアの顎をそっと掴み上向かせると口付けを落とした。ルディアは何度も角度を変え、徐々に深くなっていく口付けに翻弄される。

 ルディアが初めてのキスに息も絶え絶えになったところで唇を離された。羞恥に顔を赤く染めたルディアを見下ろしながら、ライアスは独り言のように「……本当は、二度と君の前に現れないつもりだった」と告げた。

「ルーベルトが君を心から愛し正しく皇帝に就いたなら、俺は戦死した事にして邪魔はしないつもりだった」
「なぜ……なぜですか? さっきは私のことを愛していると……」

 ルディアは悲しくなり、ライアスを見上げた。

「愛しているから、君の幸せを尊重したかった。ろくな教育を受けられず、戦うしか脳がない俺よりも、皇帝となるべくきちんとした環境で育ったルーベルトの方が、君に相応しいと思っていたから……」