◇
今日の会場は、イスのないステージ、いわゆる『箱』と言われる小さなスタジオだ。
会場に入ると、ノゾムくんのために用意されたパイプ椅子が、ステージの下、最前列のベースの立ち位置の前に置かれていた。
「誰か置いてくれたんだ。始まるまで座らせてもらおう」
ノゾムくんが杖を床に倒して、椅子に腰をかける。
私は横に立って、ノゾムくんの右肩に手を置いた。
あったかい体温が伝わってくる。
「入口でペーパー貰ってきたよ」
私が手渡すと、ノゾムくんがはっと目を見開いた。
幅広い二重まぶたの下、こげ茶色の瞳がきらきらと揺れる。
それがなんだか泣きそうな顔に見えて、私もペーパーも覗きこんだ。
****
『Ba.曽根崎望 代理Ba.Sugar』
****
メンバーの名前のところにちきんと刻まれた、彼の名前。
きっとメンバーが入れてくれたんだろう。欠席とは書かれていない。
お前も一緒に参加してるんだぞ、と言われているかのように、しっかりと名前が書かれていた。
「もうすぐ、始まるね」
私が言うと、ノゾムくんが頷く。
会場には続々とお客さんが入ってきて、あっという間に満員になった。
「花音ちゃん」
「うん?」
「今日、一緒に観てくれてありがとう」
「うん」

