旅立ち

そういえば、床板のせいで少し腰が痛かった。

それにしても、距離が近い。
これだけ近いと、逆に冷静になってくるから不思議だ。
彼女の、横に垂らした髪が顔に触れた。
少し雑に切ってしまったかもしれない。
甘くていいにおいがする。肩が細い。小っちゃいな。昔飼っていたハムスターの「渋好み(シブゴノミ)ちゃん」に、どこか似ているような。

――違う違う違う!違うだろう。

全然冷静でもない。
そうではなくて、なんで、彼女はこんな近くにいるんだ?
目があった。少しびくっとしてしまう。キギは数秒きょとんとして、それから笑った。突然飛び退くのも失礼かと気にしているのか、おろおろと、距離をどうしたものかとこちらをうかがいつつ、とりあえず会釈してきた。

「お、おはようございます」
「こっ、これはどうも? おはようございます……」
ぺこりと会釈しあってから、なんだか恥ずかしくなってくる。
焦って、首から上が、どんどん熱くなってきた。

何かごまかしが聞くような、楽しげなジョークでも披露出来ればいいのだが、とっさに浮かびそうにない。

道を進む際の、変装代わりなのだから、別に顔を見られても、悪いわけではないが、これでは、心の準備があったものではなかった。キギが、はっと気が付いて謝った。

「あ、ごめんなさい、ぶしつけだった! えーと。でも、その、私が外したわけじゃなくって……起きたら、外れて転がってて……」

「いっ、いや、それは、いいけれど……あの、ご飯は、食べたか」

食べてない。
それは自分が一番知ってるだろう。
なんだか話題の変えかたを間違った気がしたが、キギは気にする様子もなかった。

「あっ、食べてない! 昨日は夢で散々食べてたと思ったのに! 起きたら鳥鍋も、旅館のおかみさんもいらっしゃらないし!」

鳥鍋を囲んだ宴会か?
待て…………そのおかみさんは、ひよこではなかったか。すずめのぐんそーさんもいなかったか。

「じ、じゃあ、何か食べに行こう」
とりあえず何かをごまかすように、テルはそういって立ち上がった。
寝相のせいなのか、首がカタカタと音を立てた気がした。ちょっと痛い。