旅立ち

これも、聞いた話のため、よくわからないが、テルに恩がある方のようだ。

壁一面が作品と値札の数字で溢れているのは、なかなかに楽しいが、それらに一斉に見つめられるのは、なかなかに戸惑う。
わざとなのか違うのか、目が合うのだ。
意思は無いと思うのに、常に、じっとりと眺められるような感覚があった。
……これは、夜中に入れない。
入らないけれど。

えーっと、こういうときは、照れてみせれば良いのだろうか。
できそうにない。
そうだ、もし、今度、なにか機会があれば、にらめっこを試してみよう。
かれらは強そうだ。


「ごめん、待たせたか?」
「ああ、待った。かなり待たされたぞ。腹が立ったついでに空腹なんだよ。飯をおごれ、この辺で一番高いとこにしてやる」

「飯は良いが、高いと、そのぶんたくさん食えないからやだ。丼ふたつぶんを、1食に払うなんて、馬鹿馬鹿しいっ。同じ値段で倍食えるんだ」


甘い雰囲気と無縁の、なんとも殺伐とした会話が行われたのは、それからすぐだった。
なにかの話で、似たようなやりとりを見た気がするのだが、どうも、こんな風な感じではなかった気がする。

個人的には、テルに親近感を抱かざるを得ない。

そんなテルは、店を出て30分ほどうろついていたところで、こちらに、今朝までと違うシャツで、まっすぐ走ってきた。

マントを手に抱えている。暑いのかもしれない。