旅立ち

……すでに落ち着いていない。

ゆれるーとか、うお、ゆれた、とか。
荷馬車ごとごと~みたいな歌まで歌うのはさすがにやめた。

しばらくすると、半ば、自棄、みたいな気持ちになってきた。
疲れと苛立ちと焦りと……それに、ほんのちょっとのわくわくで。

喜べばいいのか泣けばいいのかわからないとなると、苦笑いしてしまう。
わずかな間のやりとりだったはずなのに、なぜか、かなり疲れたみたいだ。

突如、台車を引く男に、何をにやけているのかと聞かれてしまった。
疲れると笑い出しちゃうんです、なんて言えばドン引かれるなあと思って、唇を噛む。ピリッと痛んだ。
うわ痛い。痛い。結構痛い。やりすぎた。

少し舌を出して舐めてみると、血であろう、酸っぱいような甘いようなものの味を感じた。

渇きはじめた喉を潤してくれはしないけれど、慰め程度にはなるんだろうか。

それにしても、これは、拉致なのだろうか。市場に出されたらどうしよう。
さばかれて均等に分けられる……
わけじゃ、ないよね。


「いや別に、別れの言葉とか、こう、餞別? とか、期待してたわけではないけどさ……母さんすごい嬉しそうだったなあ。あー」

「あの方は、母ではないのでは?」

ふと、反応があった。ちょっと嬉しい。

「えっと……育ての母だよ」

髪を切った本人が、面のままこちらを向いた。後ろにある積まれた荷物(ほとんどが箱)の中から、一番手前の、カーキ色リュックみたいなものを引き寄せ、適当に丸い果物を出して渡してくれた。

あ、そういえば。
さっきの光景を思い出す。なんだか頭が追い付かない。
この地方で、髪を切らせるのがどういうことか、わかっているのだろうか。