こんなものかぁ。
好きでもない男と唇をかさねた。その時のあたしの感想がそれだった。
唇の感触は、やわらかくて、気持ちよかった。好きでもないのに。
トシユキくんとどうなの、と嬉しそうに聞いてくるノリコに、そんなこと云えるはずもない。
ほんとは、好きでもないの、なんてさ。
あたしはいつの間にかひとを好きになることや、恋に堕ちることを忘れてしまったみたいだった。
熱いカプチーノを、あたしはスプーンでぐるぐると混ぜる。泡がすこし少なくなるほど、混ぜる。あたしがスプーンを止めてもぐるぐると渦を描いて、吸い込まれていくような渦の中心は、どうなっているんだっけとか考える。
「うーん、普通かな。キスした」
冷たくて甘いカフェモカをストローの先から吸い込んでいたノリコは、ぱっと瞳を輝かせる。
「えっ、なんだぁ。普通っていうか、順調じゃん、それ」
「そうかな、そうだねぇ」
そう云ってからあたしはカップに口をつけた。苦くて、甘い。熱くてなめらか、ぬるくてふわふわ。
あたしはいつも好きと思うひととはうまくいかなくて、いつからか恋ってどういうものかわからなくなっていた。そんな時トシユキは現れた。
あたしはちっともどきどきしなかったけれど、トシユキはあたしを好きだって云ってくれた。
あたしはちっともどきどきしなかったけれど、頷いた。
あたしはちっともどきどきしなかったけれど、キスはなんだか気持ちよかった。