あれから暁斗は剣持家に出入りしている業者を呼び、本当にパンを焼くためのオーブンを手配してしまった。最初彼は本当にガスオーブンの為にリフォームする勢いだったのだが、凛音が全力で止めて簡単に設置できる電気型になった。
 そうは言っても国内メーカーの最新型、最上位機種だ。

「こんなに立派なもの、よっぽど美味しいパンを作らないとダメですね」
「まあ、時間がある時に気分転換程度に楽しんでやってみればいい」

 暁斗はそう言うとバスルームに向かった。

(もしかして、家事と仕事だけしている私を労う為に手配してくれたのかな?)
 
 今まで、特に父が亡くなってからは生活に精一杯で、金銭的にも精神的にも自分の為に趣味などを楽しむ気にはなれなかった。そんな凛音の為に暁斗は気を使ってくれたのかも知れない。

 勝手な解釈かもしれないが、凛音の顔はつい綻んでしまった。
 彼は最近凛音に対して思いやりのようなものを見せてくれるようになった。
 笑顔も見せてくれるし、柔らかさの中に甘さがあるような気がするのは自意識過剰だろうか。
 
 凛音も今までは暁斗が医師としての仕事に打ち込むために、妻としてサポートしようという意識でいたが、最近は純粋に彼が元気でいて欲しいという気持が大きくなっていた。