隆も「そう言えばそうだね」と、二人の会話に加わり、本談義が続いた。夏美はミステリーに明るくないので、取り残されてしまった。戸惑っていると、濱見崎先生が夏美の方を見た。
「そういえば、新婚生活はどう?もう一緒に住んでるんだったよね」
 夏美は濱見崎の気遣いが嬉しかった。
「はい。とりあえず、隆さんと一緒にご飯が食べられるのが嬉しいです」
「夏美ちゃんのご飯も美味しいけど。トシ、前にニース風サラダ作ってくれたよな。あれ、美味しかった。どうやって作るの?」
 隆の言葉を聞いて、夏美は固まった。どうしてそこでトシさんの話になっちゃうの?
「あのサラダはアンチョビペーストと白ワインビネガーがポイントなの。結構簡単よ」
 敏恵が何気なく、手を口元にもっていった。スーツのピンクにあう桜色のネイルが爪にほどこされていた。白くて細い、美しい指。夏美は自分の手を思わず見た。すると、朝方までイラストを描いていたせいで、まだ絵の具が指先に残っている。
 やだ…!ちゃんと洗ったと思ってたのに…!
 かーっと頭に血がのぼった。
「あら、夏美さん、どうかした?」
 敏恵が夏美を見て言った。何気なく言ったと頭ではわかっている。だが、夏美には敏恵が夏美のことを嗤っているように見えてしまう。
 しかも、さっき飲んだシャンパンのせいもあって、気分が悪くなってきた。
「私ちょっと…酔いをさましてきますね」
 隆が「夏美ちゃん大丈夫?」と言ってくれたが、夏美は「うん大丈夫」と言って足早にその場を去った。
 化粧室にいくと、立っているのもつらくなってきて、個室に入り、トイレに座った。少し吐き気もしていた。困ったな、と思っていると人の気配がした。
「ねえ、今日の主役ってさ。副社長の奥さんらしいね」
 隆はリリス出版の主要スタッフに夏美と婚約したことを公言していた。自然と噂になっていたのだろう。
「そうなんだよねー。あんまりぱっとしないよね。隆くん、あの人のどこがよかったのかなあ」
「わかんないよねえ。あたしも隆くん、ねらってたのになあ。ざんねーん」
「やっぱあれ?絵本の才能とか?」
「でもさあ、本も濱見崎先生のだから売れてんじゃん。一発屋で終わるって」