基本的にイラスト制作作業は、夏美の部屋でやるので、隆は夏美の完徹を知らない。朝食の時に何時頃寝たの、ときかれて2時頃かな、と嘘を言ってしまった。徹夜したなんて隆に言ったら、きっと夏美の体を心配するだろう。かなり眠気はあったものの、何とか今日のパーティをクリアすればいいんだから、と夏美は自分に言い聞かせた。
 パーティ会場は、リリス出版のビルから近いイタリアンレストランを貸し切って行われた。うちうちの立食パーティと言っても、夏美には知らない人ばかりなので、多人数に思えた。
 隆が、主要なスタッフに、夏美を紹介してくれる。夏美は顔と名刺の名前を一致させて覚えようとしたけれど、なかなかいっぺんには覚えきれなかった。隆にそう言うと、誰でも最初はそんなもんだよ、と笑われてしまった。
 もちろん『ICHIGO』の感想を言ってくれる人がたくさんいて、素敵でした、がんばってくださいと何度も言われ、夏美は胸がきゅうっとなった。出版部数を言われてもぴんとこなかったけれど、生の読者の声は、夏美にとって天の恵みのようだった。感謝の言葉を述べながら、ああしっかり眠ってれば、もっと気のきいた言葉が返せるのに、ともどかしかった。
 そんな中、隆がトシを紹介するよ、と言うので夏美の目は覚めた。ずっと会いたかったトシさんに会える。このパーティでの楽しみのひとつだったのだ。
「トシ。よく夏美ちゃんとトシの話をするんだよ。夏美ちゃんも会いたがってたんだよね」
 そう言った隆の隣にいたのは。
 すらりと背が高く、ピンクのソフトなスーツを着た女性だった。髪の毛は長く、ハーフアップにしている。睫毛が長く、口元の黒子がすごく色っぽい。正統派の美人だ。
 夏美は口をぽかんと開け、そして隆に向かって小声で言った。
「隆さん…トシさんって女性だったの…?」
「え?言ってなかったっけ?えーと改めて紹介するよ。僕の大学時代の同級生で、永川敏恵さん。うちに来ては、あれこれ持ってきてくれる有り難い人」
 そう隆が言うと、敏恵がふっと微笑んだ。
「嫌だわ。そんな言い方…私、できの悪い弟がいて、よく世話をやいてるの。隆の部屋に行くとその弟といるみたいな気になってしまって。つい」
 笑っても美人だ。
「あ…そうなんですか。わかる気がします」