濱見崎先生?そういえば、テレビで見たことがあるような…夏美は体を固くして緊張した。
「昨日、一本仕上がって、さっきまで近くで買い物をしててね。なんとなく戸坂から連絡がありそうだ、と予感があって。当たったな。私が呼ばれたってことは、例のアレだろう」
「はい。僕と戸坂はこれだ、と思いました。後は濱見崎先生のご意見を伺えれば。もうGOサインを出そうと思っています」
「慎重な隆が随分、買ってるね。じゃあ、早速だが見せてもらおうか」
 じゃあ、私はお茶を、と戸坂が立ち上がり、濱見崎は入れ替わりに隆のふたつ隣の席に座った。隆は当然のように夏美の描いた舞の連作を濱見崎に手渡す。
「ふう…ん。はあ。なるほどねえ」
 濱見崎は、夏美の絵を見て、何度か頷いた。少しの間があき、戸坂がコーヒーを運んできて、濱見崎の前に出す。
 濱見崎は、絵から目を離し、初めて夏美を見た。
「このお嬢さんが描いたのかな?」
「ええ。沢渡夏美さんと言います」
 隆が言ったので、夏美は慌てて立ち上がった。隆の大事な客なのはわかる。きちんと挨拶せねば、と思う。
「さ、沢渡夏美です。はじめまして」
「急なことで、びっくりしたでしょう。隆、話は通ってるの?」
「いえ、ちょうどこれから、というところでした」
「そう。じゃあ、私から説明しましょう。えっと…沢渡さん」
「はい」
 名前を呼ばれて固く答えるしかできなかった。
「私は、普段、ミステリーを書いている作家なんだけど。今回、初めて絵本を作ろうかと思ってるんです」
 ミステリーと聞いて、あっ、と夏美はやっと気がついた。書店の平積みにいつも並んでいる濱見崎俊也の本。ミステリーに明るくない夏美ですら知っているベストセラー作家だ。
 生の濱見崎俊也、という隆の言葉が腑に落ちた。しかもそんな作家が絵本、と言っている。夏美は話しを追うので精一杯だった。
「女の子の成長物語を絵本でやりたくてね。既存の絵本作家ではない、フレッシュな人材を探してたんです。でも、なかなかピンとくるのがなくて…そしたら、私よりも絵にはうるさい隆が惚れこんでいる絵があると聞いてね。リモートだとわずらわしいから、はせ参じてみました」
「はあ…」