「あらっ、お姉さんのお仕事の邪魔しちゃったかしら?ごめんなさいね。私、道に迷ってしまって疲れて座ってたの」
「え。そうなんですか」
 夏美はあらたまった。老婦人は手に、バッグとか財布とかを何も持っていない。
「あのう、どちらに行かれる予定だったんですか?」
「この公園で散歩して、うちに帰ろうと思ってたんだけど…私、すごい方向音痴で。どう帰ればいいのかわからないの」
「あらら…困りましたね。住所とか、わかりますか?」
 老婦人は、自分の住所をすらすらと言った。この公園からそう遠くなかった。
「じゃあ、タクシーを呼びましょうか?」
 と、夏美がスマホを出すと、あ、と老婦人が声をあげた。
「それ。その携帯電話かしてくださる?孫に迎えに来てもらうわ」
「大丈夫ですか。お孫さんの携帯の番号、わかります?」
「ええ。だいじょうぶよ。こんなこと、しょっちゅうなの」
 夏美がスマホをご婦人に渡すと、高齢にも関わらずぱぱぱっと電話をかけた。
「あ、隆?今ね、K公園にいるの。噴水の近くのベンチよ。すぐに来て」
 それだけで、ぱっと電話を切ってしまう。なるほど、よくあるパターンのようだ。
「これで大丈夫。ああ、ほっとしたらおなかがすいちゃった」
 屈託のない言い方に、夏美は頬を緩めた。何となく、憎めないおばあちゃんだ。
「あの、これでよかったら食べます?」
 買ってきたばかりの肉まんを差し出す。
「あら、いいの?お姉さん、食べようと思ってたんじゃない?」
「大丈夫です。私は、また買えばいいので」
 まだ小銭は残っている。
「そお?悪いわねえ。…じゃあ、お言葉に甘えようかしら」
 ご婦人は美味しそうに肉まんを食べ始めた。夏美のお腹がきゅーと鳴ったけれど、高齢者に喜んでもらえたので、まあいいか、と思った。
「おばあちゃん!」
 夏美の背後から男性の声がした。
 はっとふり向くと、長身の若い男性が立っていた。髪の毛はふわっとした茶色の巻き毛で、頬は白く、鼻筋が通っている。唇は薄く、ほんのり紅い。どこか日本人離れした容姿だった。思わず夏美は見とれてしまった。男性は言った。
「ダメじゃない、ふらっと独りで出かけたら。みんな、心配して探してたんだよ」
 どうやらこのイケメンがご婦人のお孫さんらしかった。