似顔絵の時に思ったのだ、隆には鍛え抜かれたビジネスセンスのようなものがあるんじゃないかと。そこを見込んで、似顔絵以外の自分の絵を見て欲しい気持ちも、夏美にはあった。
 その後、夏美と隆の予定をすりあわせ、三日後の月曜日に隆が夏美の部屋に来ることになった。
 隆はレストランを出た後で夏美をアパートまで今日も送ってくれた。
 夏美は、じゃあ、また来週、と言って隆に手を振ろうとした。
 隆が帰って行く背中を見送りたいのに、隆はじっと夏美を見つめたままだ。
「隆さん?どうかしましたか?」
 また、会えるという嬉しさに気持を弾ませていた夏美は自分でも気づかないうちに笑顔でそう言っていた。
 次の瞬間、ふわっと何かが夏美を覆った。触れるか、触れないかくらいの微妙な距離で隆にハグされていた。
「た、隆さん…?」
「夏美ちゃん、覚えてて。僕が、夏美ちゃんと離れがたい、って思ってるってこと」
「え…」
 夏美が戸惑っていると、ぱっとハグはほどかれた。
「じゃあね。月曜日に。楽しみにしてる」
 そう言うと、隆は駆け出して行ってしまった。
 取り残された夏美は、最初はぽかんとしていたが、隆のハグと投げかけられた言葉を思い出し、だんだん頬が紅潮してきた。
 わー、とか、きゃーとか叫び出したい衝動に駆られたが、ぐっとこらえる。ドキドキしながら何とか廊下を歩き、部屋に辿り着いた。中に入るとベットにダイブして、枕に顔を埋めて「きゃー!」と叫んだ。
 やだもう。高校生みたい…!
 自分を戒めようとしても、顔は自然ににやけてくる。その夜はなかなか寝付けずに困ってしまった。

 土日は、夏美はパートも休みだったので、こまねずみのように動いた。まずしたのは部屋の掃除だった。普段から散らかさないようにしているものの、少しでも汚れがあるのを隆に見られたら恥ずかしい。丁寧に、徹底的に、掃除をした。
 それから、似顔絵で稼いだ約八万円をどう有効に使うか、計画を立てた。まとまったお金が入ったら買おうと思っていた画材を購入するとなると、自由に使えるのは三万円くらいだった。
 このお金は…隆さんのために、使おう。