鴛桜師匠が見栄を切るようにわたしを睨んだ。
「……刀を投げたのは日向子なのかい」
「……」
私が咎められるのは、いい。
「女が舞台に立つのは禁忌だ。家を背負って立つ左右之助が自ら破ったのだとしたら、宗家の資格はあるんですか!?」
だけど認めてしまったら、左右之助さんはどうなってしまうんだろう。そう思うと咄嗟に言葉が出てこなかった。
桜枝さんが柏屋の御曹司なら、私は柏屋を代表して左右之助さんに嫁いだ鴛鴦師匠の娘だ。彼と同じように、私にも大きな責任が課せられている。
「日向子さんにも──宗家の妻たる資格はあるんですか!!」

「刀を投げたのは妻ではありません」
左右之助さんがさっと私の前に進み出た。
「波の見立てから、刀を投げてくれた人の顔を見ました。妻ではありません」
真っ赤な嘘だ。
けれど、その口調はまるで迷いがない。
歌舞伎のことで、嘘やおべんちゃらは絶対に言わないと言っていた左右之助さんが──私を庇うために、鴛桜師匠の前で堂々と嘘を言って憚ることがない。
「そうですよう。奥様なら、客席におりましたよ」
「ええ、私も見ました」
「みなさん……」
七さんに寿太郎さんが口々に言葉を合わせる。
「う、嘘をつけ」
「嘘ではない」
左右之助さんがしっかりと私を背後に隠す。

「左右之助の言う通りだよ」
よく通る声がして、全員が南座の後方に振り返った。そこには、鴛桜師匠よりも年嵩な、一分の隙もなく和服を着こなす貫禄に満ちた男性が立っていた。杖をついてはいるけれど、その背筋はしゃんと伸びて、矍鑠(かくしゃく)とした雰囲気を漂わせている。
あれ、この人って──

──

『いやいや、なかなかの見ものだったよ。左右之助がびっくりして出て行ったさ』
『今日はあんたのおかげで楽しかったよ』
『また、どこかで』

──

比叡山の薪歌舞伎の時、関係者席で一緒に舞台を見た──あの人だ!