お客様が引けた後の南座で、鴛桜師匠の前に役者さんたちが全員集められた。
「申し訳ありません!」
瀬尾役の梅之丞さんが、地面に頭を擦り付けんばかりに土下座している。

お客様の反応はそれほど悪いものではなく、温かい雰囲気と拍手の中で幕が降りた。それに誰よりも目の肥えた大向こうさんたちも、御苑屋と柏屋の屋号をうるさいほど叫んでくれた。
ロビーでご贔屓さんに挨拶をしながら周囲の反応を見ていると、
『千鳥や俊寛の悲哀を表すための新演出?』
『いやいや、何かトラブルがあってのアドリブだろう』
『でもアドリブだとしても、いい舞台だったわ』
『そうそう、どの役者さんも……殊に鴛桜と左右之助の気迫が本物で』
というような、どちらに転んでも好意的な反応でホッとしていた。歌舞伎は伝統芸能なだけに、勝手に演出を変えてもっと怒られるかと思ったけれど、左右之助さんや鴛桜師匠の気迫が舞台を成立させたのだと感動すら感じる。

お客様の反応については、そんなわけで大きな問題になりそうにないけれど──
「それで──瀬尾の刀は舞台袖にあったんだってね?」
役者さんたちの間でどうしてこうなったのかについては、依然として大問題だった。静かな声だけれど、押し殺したような怒りが滲む鴛桜師匠の詮議が続いている。
「はい」
「なんでそんなとこに置き忘れたんだい」
「そ、それが──」
梅之丞さんがチラリと桜枝さんの顔を見上げる。何度も唇を惑わせて、結局口を閉ざしてしまった。

そういえば──梅之丞さんの出のときに、刀の留め具だったか、吊り紐だったかを直していたのは桜枝さんだったよね……?
梅之丞さんがハッキリと口に出すことはなかったけど、私と同様な場面を見ていた人は他にもいたんだろう。みんながチラチラと桜枝さんの顔に視線を送る。
「な、なんだよ……」
自身も心当たりがあるのか、桜枝さんの顔から血の気がどんどん失われていった。
「桜枝、あんたかい」
「お、俺はただ吊り紐を直してやっただけで……」
「粗相をしたんだね」
「……」
いつもの勢いや不遜な態度はどこにもない。

「そういえばあんた、配役に不服を申し立てていたね」
御曹司だからこそ、鴛桜師匠の追求は止むことがない。厚遇を得る代わりに、同じくらい責任を負っているのが御曹司なのだから。
「まさかとは思うけど……舞台をめちゃくちゃにしようとしたんじゃないだろうね」
「そんなことは──!」
「左右之助がアドリブで繋がなかったら、今頃どうなってたと思うんだい!?」

左右之助さんは、真意の読めない表情でその場を見守っている。
「……」
桜枝さんのことをどう感じているのか、読み取ることができない。何か言いたそうにも思えるけれど、唇は固く閉ざされている。憐れむような瞳と周囲の反応に居心地が悪くなったのか、助けを求めるように、桜枝さんの視線が会場中を彷徨う。
「そ、それを言うなら、女のくせに舞台に上がった左右之助の妻はどうなんですか!」
「……っ!」
桜枝さんの視線がはたと私に当てられた。