楽しいけど1人になれるスペースが何処にも無かった実家から
カバン1つで6畳の部屋に転がり込んでまた新たな部屋へと移動する。
広さは今の倍はあった。
 今でも十分高級感があるけどそれ以上にグレードが上がったみたい。

 机や座椅子を置いてもいいしそれこそ友達を呼んで鍋パも出来る。
 けど男友達は止めたほうがいい。そんな居ないけど。

「思ったより荷物があるぞ……」

 引っ越しは来月だろうし荷物の少ない私はそんな急ぐことはないと
思ったけど何となく部屋を見渡してみる。

 増やした覚えのない服と試しに買ったけど使ってないメイク道具と、
 面倒で捨ててない雑誌。

 これは早いうちから片付けていかないと地獄を見そう。


「おはよう。昨日は夜中まで騒がしくしていたようだけど。
友達と電話するならもう少しボリュームを下げてくれないかな」
「電話なんかしてないです」

 寝不足の顔でリビングに向かうと既にパキッと準備万端の社長の姿。
 だけど電話って何の話だろう?

「何か言いながら笑ってたじゃないか」
「笑……、あぁ」
「何も無いのに笑うようになったら病院に行ったほうがいい」
「雑誌の漫画を読み返してただけです。気をつけますごめんなさい」
「それは楽しそうだね。じゃ、お先に」

 物凄くどうでもいいって顔で颯爽とリビングを出ていく。
説明したって興味無いだろうしその辺の共感は男性に求めない。
 それより急いで朝の準備をして私も会社に行く用意をしないと。

 何で片付けをし始めると昔の漫画とか雑誌を読み始めるんだろう?
あれは罠だ。早めに片付けないと抜け出せない。時間は間に合ったけれど
 お弁当は用意ができなくて。
 
 でも我が社にはコンビニが入っているので何の問題もない。

 お昼休みに入ってすぐに行けば選び放題のはず。
 
「お弁当があ……無い」
「残念売り切れだよ」
「な、なんで?慧人君隠した?」

 こんなすっからかんな棚見るの初めてなんだけど。

「今日って大学生呼んで会社説明や現場見学させる日なんだろ?
だから学生が押し寄せて根こそぎ買ってった。社員なのに知らない?」
「ああ」

 うちは関係ないけど今日は慌ただしい日だと先輩が言ってたような。
おやつみたいな菓子パンを1個買って終了。この程度で社長に電話なんか
したら昨日のこともあるし失笑されるだけ。
 足取り重くトボトボと先輩の元へ戻ろうとエレベーターを待つ。

「ほら」
「え」

 隣に誰か来たのは分かったけど目の前に弁当があって視線を向ける。
 代わりに私の手から菓子パンが消えた。

「それも美味いよ」
「い、いいですよ。寝坊した私が悪いから」
「分かってるよ?髪が何時もよりボサボサだから」

 ヘルシーお弁当を交換してくれた未だ名前不詳の社員さん。
 これはもうお詫びして名前を聞くべきだ。

「あの、私」
「お。初めて俺をちゃんと見た。飯の力は強いねぇ」
「お礼を言わせてください。ありがとうございます」
「あんな分かりやすくしょげた顔されたら誰でもそうする」

 慧人君もショックを受けてる私を「漫画みたいな顔」って笑ってたっけ。
この人にも笑われてるんだろうし、本当に社長に電話しなくてよかった。
 呆れて、全然楽しくないけど顔だけ笑ってるのが安易に想像できる。

「あの、改めてお名前を伺っても」
「こっちとしても改めて食事に誘いたいんだけど?」
「人数は」
「俺は最初から君だけを誘ってるんだ」
「それじゃ」
「おっと。……取り込み中かな」

 目の前の扉が開いたと思ったらよりにもよって社長さんがいて。
一瞬驚いた顔をしてすぐ何もないように冷静な表情に変わる。
 その後ろには熱心に話を聞いている大学生さんたちのグループ。

「どうぞお気遣いなく、社長」

 私が動くよりも先に隣の人がボタンを押して扉をしめてしまう。
 そして上がっていくエレベーター。

「……」
「で。どうする?」
「私には彼氏が居るので2人きりは無理です」
「じゃあ丘崎さんが来てくれるまで俺は名乗らないでおく」
「先輩に聞けばいいだけですから」
「駆け引きだろ?もっと気楽にいけばいいのに。真面目だな」

 反対側のエレベーターが開いたので乗る。何名か先に乗っている人が
居て2人きりにならなくてよかった。

「私にこれ以上は求めないでください。応えられないんです。
彼のことしか考えたくないんです、お願いですから」
「そういう女だよな。君って。良いと思うよ、…すごく」

 目的階に到着して足早に先輩の元へ戻る。彼は別の階。
角が立たないようにきちんと言ったつもり。多分もう来ないと思う。

 けど散々断られても絶対に諦めない警部さんも居るから若干怖い。
 もっと怖いのは社長のご機嫌。

「美味しそうなお弁当!何処で売ってたの?」
「最近知ったお店で…」

 美味しい、はずだけど緊張で味が分からないお昼ご飯を食べて。
 恐る恐る電話をかける。今回は社長への直通へ。

『何かな』
「あ。あの。ご機嫌如何かと思いまして」
『通常業務をこなしながら学生の相手は疲れるよ。それくらいかな』
「さすが社長ですね」

 もしかしてそんな気にしてない?そうだよねあれくらい。

『言いたいことはそれだけか?』

 あぁこれは怖い。

「こ、ころさないで」

 咄嗟に命乞いをしてしまうくらい怖い。

『どっちの話し?』

 ああ、これはまた会社で事件が起こってしまう。九條さんが来てしまう。
事件解決どころか難事件を作ってしまう。

「何も疚しいことはございませんから」
『分かってるよ。私も大人だから君を信じてこれ以上口出しはしない。
だけどね、理屈じゃない殺意が私の中で渦巻いてこれ以上高まると
どうなるか自分でも分からないんだ』
「創真さんの側に居ます」
『昼休憩が終わる。お互いに甘えたことは言わないでおこう』
「……」
『君の心を覗いたりはしないから』

 私の返事を待たずに電話は終わった。



「手どうした?大丈夫か?」
「少し捻っただけだ。気にしないでくれ」
「それで。散々拒否してたのに俺を呼んでどうする気だ秋海棠君」
「取り引きしたい」
「ほう。そりゃまた面白そうな響きだ」